マイノリティとは少数派を意味する。アメリカの人口3.2億人のうち白人は63%であり、37%が黒人/ヒスパニック/アジア系/ネイティブ・アメリカンなどの人種/民族マイノリティだ。宗教では71%がキリスト教徒で、29%が他の宗教もしくは無信仰/無神論者。差別の対象になりやすいユダヤ教徒は1.9%、イスラム教徒は0.9%。移民(外国生まれ)は13%、移民の親からアメリカで生まれた子も入れると26%、つまり4人に1人となる。障害者は症状も程度も様々ながら全人口の約20%、LGBTQは約4%。そして言うまでもなく、人口の半数が女性というマイノリティだ。このように、アメリカのマイノリティは、少数派と呼ぶにはあまりにも大きな割合を占めており、その全員が今やヘイトクライムの対象なのだ。
他方、投票日翌日から全米各地で続いているアンチ・トランプ・デモも場所によっては暴走している。特にオレゴン州ポートランドでは荒れに荒れ、発砲によって一人が撃たれ負傷している。ただし逮捕された100人以上のうち、過半数は未投票者か他州の者であり、暴れることを目的に便乗したものと思われる。
デモ以外では、ごく少数ながらアンチ・トランプ派による暴行事件が起きている。7月に男が星条旗を燃やし、止めようとしたトランプ支持者を道になぎ倒した件、10月にアンチ移民、アンチ・オバマの手書きポスターを持っていたホームレス女性が数人の若者に襲われた件がある。投票日の翌日にはシカゴで白人男性が数人の黒人の若者に殴打される事件が起きた。被害者によると、双方の車が接触したため、相手に自動車保険証を求めたところ暴行が始まり、見物人から「トランプに投票しただろ!」などの声が掛かったことによって殴打がエスカレートしたとのこと。被害者がトランプ支持者だったことを加害者は知る由もなく、白人というだけでターゲットにされたヘイトクライムと言える。
ヒラリー・クリントンは私用Eメール問題に加え、そもそも“エスタブリッシュメント(リッチな既存勢力)”であることが大きな障害となり、民主党支持者の中でも支持/不支持が大きく割れた。特にヒラリーと民主党候補の座を競って破れたバーニー・サンダースの支持者の中には「ヒラリーとトランプ、どちらにも投票しない」どころか、「いっそトランプに」と言う者までいた。それでもトランプが大統領になるとはメディアも含め、リベラルは誰も思わなかった。「トランプなんてイロモノ」「あんなの大統領になるわけない」と笑い、同時に「アメリカの良識」を信じていたのだ。
なぜなら、トランプは選挙戦中にあらゆるマイノリティ・グループを貶め、傷付ける差別発言を繰り返したからだ。自身が所有し、上層階に居を構えるマンハッタン五番街のトランプタワーでの立候補表明演説の中で、メキシコ移民を「レイプ犯、犯罪者、麻薬密売人」と呼んでいる。選挙戦早々のディベート翌日には過去の女性蔑視発言を追及した女性司会者について「目から血が出ている、身体の……どこであれ、出ている」と、要は「女だから生理中で気が立っていたのだろう」という意味のコメントを発した。
以後もメキシコからの不法移民を堰き止めるために3,000kmに及ぶ国境に壁を作り、その費用はメキシコに払わせる、米国内にいる不法滞在者(推定1,100万人)は全員強制送還、イスラム教徒の全面入国禁止、さらには手に障害を持つジャーナリストのモノマネなど、マイノリティを排除、侮蔑する言動を延々と繰り返した(*)。当然、どのマイノリティ・グループもトランプが当選することを恐れた。ところが、トランプは当選してしまった。先に挙げたヘイトクライムの実行者たちは、彼らが呼ぶところの「マイ・プレジデント」からお墨付きをもらい、暴れ始めたのだ。クラスメートにヘイト行為を行う子どもたちは、おそらく親の言動をコピーしているのだろう。
*国境の壁、不法滞在者全員強制送還、イスラム教徒の全面入国禁止、オバマケア全廃など強硬かつ実行不可能な公約は当選直後、トランプ本人による緩和発言がなされている
多様性を受け止める皿が2つしかなかった
アメリカは国土が非常に広いこともあり、居住地区は都市部/サバーブ(都市の郊外地区)/ルーラル(田舎)と分かれ、それぞれに独特の生活様式がある。特にルーラルは大手メディアが本拠地を置く都市部から地理的にも遠く隔たっている。今回の選挙報道でメディアがもっとも大きく見誤ったのが、このルーラルでの現象だった。
都市部はサバーブ、ルーラルに比べると人種混合率が高く、移民も多いため宗教もバラエティに富んでいる。そのために融和が進んでおり、差別主義者がいないわけでは決してないが、少なくとも公的な場での差別発言は発した本人が非難される、いわゆる“ポリティカリー・コレクトネス(PC)”が浸透している。また、都市部のインテリ層、リベラル層はトランプに政治と軍事の経験がまったく無いことも問題視した。外交・内政の分析も見通しもないまま、メキシコ国境に壁を作る、イスラム教徒の全面入国禁止など大量のマイノリティ排除を行えば世界は、国内はどう反応するか。
しかし、ルーラルの白人は全く異なる生活環境と考えを持っていた。地域にマイノリティが少なく、代々白人だけで生活をしてきたグループだ。特にラスト・ベルトと呼ばれる経済が極端に衰退した中西部の工業地帯では、人々は「アメリカの中心であるべき白人にもかかわらず見捨てられた」と精神的にも経済的にも苦しさに苛まれ、長年に渡って不満を溜め込んでいた。
トランプの選挙キャッチフレーズ「アメリカを再び偉大にする」はそうしたルーラル白人の心を見事に捉えた。自分たちマジョリティが繁栄していた古き良き時代のアメリカを取り戻せると思ったのだ。ルーラルに暮らす女性たちも多くがトランプに投票した。トランプの女性蔑視発言は「彼は口はちょっと悪いけれど」と意図的に見逃した。つまり女性としてより、ルーラル白人としてのアイデンティティが優先されたのだった。