すでに苦しい「家族」をいっそう縛りつけ罪悪感をもたらす憲法第24条改正案に反対する

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男たる者が婿を取り、家督を継ぐ

 私の“家族嫌い”の原因は、実の家族にある。が、特に壮絶な出来事が起こったわけではない。「昭和の家族に有りがちな葛藤」に苛まれる機会が多々あっただけだ。

 我が実家は二世帯同居で、私が四歳の頃に祖父が他界するまで、祖父、祖母、父、母、私と、産まれたばかりの妹の6人暮らしだった。盆暮れ正月には親戚が多勢集い、とても賑やかだったことが思い出される。当時の私にとっては、それが当たり前の日常の光景だった。が、徐々に家族への違和感を抱くに至ったささやかな原因としては、主に「家督を継げ」「母のお手伝い化」が挙げられる。

 私は1974年生まれで、家制度も家父長制もとうに廃止されていたが、家や地域によってはまだまだ「家督の継承」や「男子優性」の風習が残されていた。我が家も漏れなく「子供が女2人である」ことが問題視され、母は肩身が狭い思いをしたようだ。娘のどちらかが婿をとらなければ、林家の家督が途絶えてしまうからである。

 当家の長女である私は、家族全員より毎日のように「大人になったら嫁にはいかず、お婿さんに来てもらって、林家を継いでくれ」と言われて育った。同時に、超保守の父より長男に成り代わる「男たる者」としての教育も受けていた。結果、「なんでわざわざ外から男を連れて来る必要があるのだ。私がいるんだから、要らなくないか」と疑問を覚えた。

 家族の主張は、林の子孫を残し、家督を継ぎ、墓守をし、法事等を取り仕切れという意味なのだが、男女がいかにして子孫を残すか、その方法を知らなかった頃の私は「男であり、女でもある私が1人いれば、別に結婚なんかしなくていいんじゃないの?」と思っていたのだ。これが、女性である自分と対になる男性を外部に求める状況が非常に不自然で、男女性の両者を自分1人の精神のうちに統合する方が自然と捉える私の思考の起因である。

 後、自我が芽生え、セックスを知り、男性に恋愛感情を覚える自分は女性であると自覚するに連れ、家族の言い分は横暴だと腹を立てた。なぜ、家のために結婚し、子供を産まなければならないのか。結婚も出産も、嫁に行くも行かないも、婿を取るか否かも、私の自由と意志次第。たとえ家族であっても指図されるのは我慢ならない。私は家族の傀儡じゃない。私の“個”をもっと尊重しろ。

「家督を継げ」と言われる度に、気が滅入った。「いい条件のお婿さんをもらうためには、学歴が大事」とのことで私立中学受験を命じられ、小学校2年生より週5回、進学塾に通わされる自分の境遇を呪わしく思った。しかし、当初は、家族の期待に応えたかった。みんなの喜ぶ顔が見たかった。長女たる者の責任を果たそうとさえしていた。同時に、毎日ストレスによる吐き気を堪えていた。私立のカトリック系の女子中学校に無理矢理入学させられたあたりで、抑圧されていた“個”がついに爆発し、「私は家族のためには生きない」と宣言し、父に往復ビンタを食らった。

 そんな父だが、思春期にはぶつかり合ったものの、幼少期はべったり、成人してからは酒飲み友だちのような存在で、彼には良くも悪くも愛着がある。母はと言えば「よく分からない」。というのも、母は家族二世帯の面倒を見ることに忙しく、密にコミュニケーションを取った記憶が特にないのだ。

母に愛着がない冷酷な娘

 母は、祖父母や父の命令に従順に対応する、「昭和の良き嫁」を地で行く人物である。親戚や知人がやって来た時、母の居場所は常に台所だった。一時期、私は「祖母が母をお手伝いさんのようにこき使う。父も、母の“個”を蔑ろにして隷従させている」と怒ったことがあったのだが、その肝心の母の“個”がどういったものなのか、幼い私には分からなかった。

 祖父母も父も「自分の好きな世界観」がはっきりしている人物で、それをゴリ推しして来るから面倒なのだが、母は違った。「ママの言う通りにしないと、ママがおばあちゃんとパパに怒られちゃうから、言うことを聞きなさい」という論法が常態である。幼少の頃は、ママが怒られちゃうのは可哀想だからという理由で言うことを聞いていたが、自我が育つに連れ「知らねえよ。なんで私がママの都合に合わせて言動しなければならないのか」という自分勝手上等スタイルが生成されていく。

 母は忙し過ぎたのだろう。一対一のコミュニケーションを取る機会もなかなかなければ、母の個人的な意見や趣向性と触れ合うことも極端に少なかった。だっこしてもらって安心した記憶もない。父同様の愛着を感じることもない。我ながら、冷酷な娘だと思う。昭和の良妻賢母や良き嫁の“型”、幸福の“型”を喧伝する“家族礼賛物語”を、演劇的に踏襲しているように見えた母は、“母”ではあるが、“個人”ではない。それが寂しかった。

 同時に、“母”という役割が滅私によって成立するものであるならば、「気持ちが悪い」と考えた。それは“型”による“個”の殺人事件である。私はそんな“母”には絶対にならない。家族よりも、世に喧伝される薄らぼんやりとした家族愛よりも、何よりも、“個”を取る。そう考えた思春期の頃より現在に至るまで、私の主張はあまり変わらない。

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