「先進国の中で最下位レベル」の根拠のあやしさ
「新・女子力テスト」の動画の最後のあたりで「日本女性のリプロダクティブ・ヘルスの知識、先進国の中で最下位レベル」という字幕が出ます。このプロジェクトの趣旨を説明したコラム (Web電通報 掲載)によれば、これはイギリスのカーディフ大学の研究グループがおこなった「スターティング・ファミリーズ」国際調査に基づくものだそうです。この調査は2009-2010年におこなわれたもので、日本では、研究グループの代表者が国会議員やマスメディア相手に講演したり (2011年2月)、NHKスペシャル「産みたいのに産めない:卵子老化の衝撃」(2012年6月) に出演するなど、大きくとりあげられてきました。
しかし、この「スターティング・ファミリーズ」は、実はトンデモ調査です。国際比較が可能な調査設計になっていない上に、翻訳の質があまりにも低く、社会調査としての体をなしていません。実際に調査に使われたという調査票をみると、「あなたご自身はどのくらい受胎能力があると思いますか?」と男性に質問する項目があったりと、日本語表現が全体的におかしく、何を質問されているのかが読みとれなかったりします。社会調査の訓練を受けていない人でも、一読すれば、これでは知識以前の問題で点数が低くなってしまうのもあたりまえだとわかるような代物です。
ところが、2011年に日本に持ち込まれてから4年以上の間、この調査は誰からの批判も受けず、信頼のできる調査としてあつかわれてきました。特に日本産婦人科医会はこの調査結果がお気に入りらしく、定例の「記者懇談会」で再三この調査をもちだして、日本人は妊娠に関する知識レベルが低いと主張してきました。2015年9月以降、この調査の問題点が指摘されるようになりましたが、そのあとの第100回記者懇談会 (2016年7月27日)でも、木下勝之会長みずから「日本は男性が16位、女性が17位と、妊娠・不妊に関する 知識レベルが低い」として「少子化克服国民運動」をぶちあげています。調査の質の低さをわかったうえで意図的にやっているのか、論文を読まずに聞いた話を受け売りしているだけなのかは知りませんが、どちらにしても、専門家としてひどすぎる態度です。
ジョイセフは、設立の経緯からして産科・助産団体との関係が深いので、そういう筋からこの調査の情報を聞いていて、「I LADY.」プロジェクトをはじめることにしたのかもしれません。あるいは、このプロジェクトに協力する活動家 (アクティビスト)があとから持ち込んだのかもしれません。しかしどんな経路で入ってきたにせよ、その情報が信用できるものかどうか、チェックしようとは思わなかったのでしょうか。
質の低い社会調査がしばしば濫用され、世論や政策に悪影響をおよぼしていることは、以前から問題になってきました。情報技術が発展し、国際化が進んだ今日では、調査会社と翻訳会社に作業を丸投げすれば、大規模な国際調査でも労力をかけずに実施できてしまいます。その結果から都合のよい部分を抜き出して政府や学会やマスメディアやNGO団体に売り込み、世論を焚きつけて政策を誘導する人たちがいるわけです。そのような政治宣伝に簡単に引っかかってしまう日本社会は、本格的に「ヤバイ」状況にあると思います。