
心から愛を信じていたなんて
今回は「嘘」をめぐるお話です。「嘘をつくことに脅迫観念」があり、「自分の考えが絶対正しいとも思っていない」し、「嫌われることには慣れている」という、うさぎさん。同じく嘘が大嫌いで、自分はとても正直者で、「みんなも僕のことが大好きだと思ってた」という、枡野さん。そして二村さんはAV監督である自分を俯瞰しつつ、「生きていくために嘘をつく」「僕は嘘つき」と表明します……。
「うさぎさんも枡野さんも『嘘がつけない病』ですか?」(二村)
枡野 だから僕、この本(『愛のことはもう仕方ない』)と一緒に出した本がババロアの絵本(『あれ食べたい』[注])なんだけど。あの、南Q太さんの漫画でね、『トラや』っていう漫画があるの。
中村 羊羹の『とらや』?
枡野 ううん、『トラや』。
二村 内田百閒の小説『ノラや』のもじりだと思うんだけど。
中村 ああ、なるほどね。
枡野 あの、もしも(『トラや』を)読んでファンになった人がいたらごめんね。がっかりすると思うんだけど、そのトラちゃんっていう可愛らしい女の子のモデルは僕なのね。僕を女の子に見立てて描いた漫画なの。それで、トラちゃんが不機嫌になってるときに街を歩いてたら、喫茶店に桃のババロアがあって、食べたら笑顔になるって漫画なの。それ、僕のことなのね。実際にあったことを男女逆に描いてるわけなの。
中村 はいはい。
枡野 それで、それくらい僕はババロアが好きなんだけど。それで男女逆だったら、愚痴っぽかったりババロアが好きな女(ひと)はいると思うんだけど。それが僕みたいに男だったら、可愛くないじゃない。
中村 ババロア好きな男って可愛くないんですか?
枡野 まぁ、顔が可愛かったら違ったよ。僕が美形だったら違ったけど。
中村 ああ……。
枡野 トラちゃんも可愛いからさぁ、可愛い女の子がそういうこと言うから、みんな夢中で読むんで。ファン多いの、その漫画。だから僕、このことをあまり言わないようにしてて。ファンの人ががっかりするじゃない、枡野がモデルって。
二村 まぁ、よくいえば、枡野さんの心を描いた漫画。中身を描いた漫画。
中村 枡野さんの中身が可愛い女の子だと。
枡野 だから、女の子だったら可愛いと思えるかもしんないっていう風に、その漫画を読んで思いましたね、自分のことをね。
中村 うん。
枡野 それで、その漫画って1巻で終わってて、みんな「2巻読みたい!」「なんで1巻しかないの?」って言ってるの。Twitterとかでも。でもね、それは僕と離婚したからだよ……。
二村 グホホホホ!(笑)
枡野 そう、そっと思ってるの。
中村 なるほど。で、なんでババロアの話になったんだっけ?
枡野 ごめんなさい、だからこの絵本も突発的に書いたわけじゃなくて、長年ババロアへの思い出があって書いた本なんですよって言いたかっただけなんですけど。この『愛のことはもう仕方ない』は意外と書けてないことがいっぱいあって。でも書き終わったとき、あ、あそこも書いてない、あれも書いてないって思いついたっていう意味では、書いてよかった本なんですよね。
中村 じゃあ今後書いていくってこと? 思いついたことを。
枡野 書かなかったことだけを寄せ集めて書いたほうが面白い本になるかも。
中村 じゃ、そっから書けっ!
会場 (爆笑)
枡野 だから人間って書きたいことをそんな書けないんですよ。僕、正直なつもりでなるべく正直に書いたのに、それでも書きたくなかったんだと思う。
中村 書きたくなくて無意識に避けてたってこと?
枡野 そう。ピンポイントで避けたところが、全部書いたら面白いエピソードなの。そこが気づけてよかった。
中村 なるほど。(出版元の)サイゾーさんに対して失礼な発言。物書きにあるまじき。
二村 でもしょうがないですよね。結果としてそうなったんなら。
中村 まぁ、思い出さなかったんだもんね。
二村 この座談会の前におこなわれた読書会で、枡野さんやうさぎさんへの意見や質問が参加者のみなさんからいろいろ出ていました。多かったのは、みなさん、「嘘と本当」ということを話されていて……。
枡野 「正直者」についてね。でもこの本(中村うさぎさんの『あとは死ぬだけ』)も、そうそうって思って読んじゃいました。
中村 そうですか?
枡野 僕は(うさぎさんの)この本にいっぱい付箋つけて、(今ははずしたけど)一個だけ残した箇所があるんだけど。≪私は自分の考えが絶対に正しいとも思っていないので、今まで述べたことがすべて間違っていたとしても、さして驚きはしない。むしろ私よりもっともっと頭のいい人から完膚なきまでに論破されることで、本当の答えに辿り着きたい気持ちもあるのだ≫(『あとは死ぬだけ』P179)――って書いていて、僕もそんな気持ちなんですよ。自分のああいうことを書くことによって、説得力ある意見で「枡野さん、それは違うんだよ」とか「枡野さん、息子さんはあなたに会いたくないんですよ」とか、そういうことを言ってほしくて書いているところがあるの。
中村 なるほど。すごく共鳴しますよ。
二村 あのね、嘘は書かなかったけど、書かなかったことが多いことに、書きあげてから、本の形になってから気づくんだよね。それはまぁ、そうだよね。本って全部のことを、起きたことを全部書いたらものすごい量になってしまうわけだから、書き終えてみて初めて自分が何を書きたくなかったかがわかるんだよね。でもこの枡野さんの本の中には、取捨選択はあったけど、嘘はない?
枡野 う~ん、えっとねえ……。
二村 あ、フィクションと嘘とは、なにが違うのかみたいになると、またややこしい話になると思うんだけど。
枡野 なんだろう、端折ってることとかもあるから。もちろん本を書いたことによってね、「浩一さんは性欲強いと思ってました」ってメッセージも来たりしたんだけど、その意見を聞いて、え~っ自分が思ってるのと違うなぁってのも思った。
二村 だから、人に見えているようにしか世界はないから。枡野さんを「性欲強い男」と思っていた人も――
枡野 いる……から。そこはちらっと書いたところで、「この語り部(枡野自身)は信頼できないな」って思ってほしかったの。『結婚失格』[注]っていう昔出した本で、(文庫版の解説を書いてくれた)町山智浩さん[注]が「この語り手は信用できないな」って言うのね。だから今回の本は自覚的にそうした……。
二村 (ちょうど10年前の本である)『結婚失格』と比べると、書き方が柔らかくなったのかな、枡野さんは。
枡野 当時の僕は被害者意識が強すぎて。今もあるけど、今の方が、むこう(別れた奥さん)も気の毒だったなって思って書いてるし。(自分のことを)わかってほしいっていうよりは、「ほら、こんなダメな男がいるよ、笑って」っていう気持ちで書いたから、そこが違いますね。
二村 うさぎさんも枡野さんも、どうして嘘をつかないんですか? 「嘘がつけない病」ですか?
中村 嘘をついちゃいけないっていう強迫観念があるので……。ただ、私が書いてることが嘘かホントかみたいな話になると、私にとってはホントなんだけど、たとえば別の当事者から見ると「それは違うよ!」みたいな話かもしれない。ま、ホントのことってさ、その人によって違うじゃない? だからたとえば二村さんと私が恋愛してさ、別れた事情をそれぞれ書いたとしたら全く別のものになると思うの。同じエピソードでも違う解釈をしてるから、二人とも。だから、どっちが嘘ついてるとかホントとか、事実がどうとかあるけど、その解釈に関しては嘘もホントもない。二村さんの解釈はこれで私の解釈はこれで、みたいな。
二村 嘘っていうのは事実があってそれをねじ曲げることではなくて、自分に対してってことですかね?
中村 自分っていうのは……。あの、事実は嘘はつかない、事実に関してはね。だけど解釈に関しては、それが自分にとってのホントなんだから、しょうがないと思うんだよね。
二村 それはいいと思うんですよ。それはいいと思うんだけど、解釈自体が嘘な人がいる……、つまり自覚して嘘ついてる人がいるじゃないですか。
中村 自覚して、ですか?
二村 自覚してっていうか……嘘がクセになっちゃってる人がたぶんいて……。実際には生きていくために、そういう人のほうが多いんじゃないかって。
中村 どうなんだろうなぁ~! 自覚的に嘘ついてんの?
二村 自覚的にというか、生きてくために。僕はそういうところがあるから。僕はお二人と話すと、いつも自分は嘘つきだなぁと思うんですよ。
中村 そうなの? そりゃ女に対してだけじゃなくて?
二村 それもあります(笑)。まぁそうですが、つまり、や、まさにそうなんです。僕はなんで自分が「これ、本当に心から思ってることじゃねえな~」って思うかといえば、特に本業であるAVの撮影現場とかではいろんなダブルスタンダードというかさ……。撮影をやってる際中はセックスしている女優さんを心から励ましているんだけれど、カットをかけた後でさ、「これは作品としてAVとして成り立たすために、今、俺は熱くなっていたんだよなぁ」みたいに俯瞰から観ている自分があって。それも僕の職業として、活動としてのひとつだったりしてね。
中村 うんうん。
二村 これは今の仕事の話だからできますけど、それに近いことがたぶんプライベートでもあるんですよ。そういうことをしてる自分っていうのが、なんのためにやっているのかといえば、さっきのAVの話でいえば仕事のため、結果を出すためだったりするんだけど、もっと大きいとこでいえばやっぱり「嫌われたくない」……。そういう身の守り方みたいなのが、お二人は似ていて、僕は違うのではないかと思って。そこでなぜ嘘をつかないのか、なぜ(嫌われることを)恐れないのかというのが……。
中村 嫌われたくないこと……。
二村 よりも、もっと大事なものが、お二人はあると思ってる気がする。
中村 うん。嫌われ……るのはもう慣れてるので。嫌われたくないってのはもっと若い時にさ、高校生の頃とかにさ、クラスメイトに嫌われたくないとかそういうのはあったと思うけど、この年齢になると嫌われたくないって気持ちが少ないですね。
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