「今が一番面白い」。40代の自己肯定、自分の本音を自分に尋ねてやる大切な作業を続けていく

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 その他の不調改善策としては、ハーブティー、漢方、ヨガ等を生活に取り入れている。有酸素運動を20分以上行うと、幸福脳内麻薬βエンドルフィンが分泌され、鬱々とした気分が解消される(ランニングハイ)と主治医に教わったので、週に一度はジムのランニングマシーンでこれを行う。豆腐や納豆、青魚といった食品にもエンドルフィンは含まれる。せっせと食らう。

 セラトニン、メラトニンを作る栄養素トリプトファンを含有する食品(穀類や魚・肉の赤身等)も、もりもりいただく。それでもダメならアドレナリンの出番。大好物の激辛料理によって痛覚を刺激し、脳にダメージを与えてアドレナリンを分泌させる。脳は次いで苦痛を緩和させるためのエンドルフィンを分泌するので、結果的に「超きもちいい」恍惚状態が訪れる。

 つまり、脳を虐めて遊んでいるわけだ。一度、どうしようもない倦怠感に襲われた時に、以上の成分を含有する「マグロと納豆のチーズドリア」なる珍妙な一品に大量のタバスコをかけて食したところ、速攻で治った。成分が効いたというよりは、「こうすれば治る」と信じた己によるプラシーボ効果が発動したのだろう。我ながら、「私の脳、単純だなあ」と呆れた次第である。しかし、不調を憂う一方ではなく、改善を促すためのセルフ人体実験の数々を楽しもうとする己の態度は、なかなかポジティブとは言えまいか。そんな自分が「面白い」。

肉体の器を、敬意をもって磨く

 体調はさておき。加齢による外見の衰えも気になるお年頃である。肌のハリが失われ、シワやシミ、たるみ、お腹回りの肉も目に付く。最近は、ストレスと乾燥による蕁麻疹が出てしまい、全身の皮膚がぼろぼろになってしまった。が、先述したように、人間はナマモノだ。寿命を全うするまでに与えられた肉体の器はひとつであり、長年駆使すれば不備も故障も生じる。

 自分の乗りこなす肉体の外装の経年劣化が気になるようならば、とっととメンテナンスすればいい。整形もエステもアンチエイジングも、それで本人が人生をより楽しめるようになるならば、実行すればいい。ありのままの状態を愛でるもよし。外見よりも内面を重視し、知識を磨き、精神性の向上に努めてみるのもよし。自分の生命の在り方は、自分が好きなようにカスタムすればいい。

 私個人は、目尻の皺やほうれい線を、よく笑って生きて来た証拠であると捉えている。よって、削除しようとは思わない。むしろ、内面の充実を支えてくれる肉体の器の現状の在り方に感謝し、健闘を讃えたい。ただし、不摂生による脂肪やむくみ等は、肉体のみならず内臓の負担にもなるので、極力改善していきたい。これからも共に闘っていく同士として、敬意をもって器を磨いてやる。それが「中の人」の勤めである。

 他者による私の外見に対する非難や中傷の類いは、一切受け付けない。女性の年齢に対する相対的な加齢蔑視や悲観については「知ったことか」と一笑に付す。誰かの価値観にとって私の顔が「ブス」でも、「劣化」していても、私自身は「ブス」だと思っていないので何も問題ない。「劣化」については、人間である以上その通りなので、反論も悲観もしない。私の外見に対して他者がくだす評価は人それぞれ。私は各位の解釈の自由を尊重する。

 ただし、「ブス」だからという主観的な趣向を根拠に、対象者の人間性を否定して来るようなら黙っていない。外装のみが人にあらず。その中身にぎゅっと詰まっている無形の生命こそに「人間」は宿っている。その点、着目していただいたうえで「心身共にブス」と判断されたところで、当方は「そうか、私はブスなんだ」と真に受けて悲しむような可憐な女ではない。

 ましてや自分のただの主観をもって「ナガコはブスである」と断定する者には、「おまえが私をブスだと思うのはおまえの自由であり、私が私をブスではないと思うことは私の自由だ。私を主語に己の主観を語るな」と忠告したい。私がブスか否か以前に、自分の主観や各論を世界の常識や総論と取り違える「主語の雑な扱い」に対し、大いに文句を言わせていただきたい。

 若い女性が好きな男性の趣向もまた、愛好者各位の自由である。「俺は、若い女が好きなのだ」と主張される分には文句の付け様もないが、「女は、若くなければ女として生きる価値がない」やら「ばばあは、女じゃない」やらと、主張の主語を自分事より切り離し、女全員事の大きな主語を用いて語る話法は、乱暴ゆえの誤解が漏れなく生じる。

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