ヒラリー・クリントン、落選後のノーメイクは「解放」の証拠? ファッション・チェックの目に晒されるファーストレディの責務

文=堂本かおる
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 1年半もの長期間にわたった大統領選もようやく終わり、今はトランプ次期大統領が組閣作業の真っ最中だ。その人選についていろいろ批判も出ているがそれはさておき、実は敗退したヒラリー・クリントンの“ニュールック”が話題となっている。

 選挙の後、ヒラリーはすっぱりメイクを止めてしまったのだ。選挙戦中はヘア・メイクを一分の隙もなく整え、ディベートにはラルフ・ローレンのパンツスーツで臨んだヒラリー。しかし選挙後にヒラリーとばったり出くわしたラッキーな元支持者たちが撮ったヒラリーとのツーショットを見ると、どれも素顔でおどろくほど清々しい笑顔。そうした写真をアップするインスタグラム・アカウント@HRCintheWildまで出来ている。

 年齢相応のシワもあるが、至って健康的な笑顔を見ると、ヒラリーは根っからの政治家なのであって、メイクやファッションに費やさなければならなかった時間とエネルギーも本当は仕事に注ぎ込みたかったのだろうと思える。

 ヒラリーはシカゴの労働者階級の家庭出身だ。イェール大学のロースクールに学び、コネチカットで弁護士となっている。東海岸の都会派だったヒラリーは、若い頃は当時の流行に乗って大きなメガネをかけ、派手なストライプのパンツを履いたりもしていた。ところがビルとの結婚でアーカンソー州に移って知事夫人となったため、保守的なファッションを強いられることに。以後、ファーストレディを経て自身が上院議員、国務長官となるわけだが、女性であるがゆえに常に周囲からのファッション・チェックに悩まされた。特にファーストレディ時代には、ファーストレディにとっての任務「アメリカを代表する女性として世界にポジティブなメッセージを送る」に努めた。そこにはファッションリーダーになることも含まれており、つまりヒラリーは長年、自らのファッションに込められるメッセージ性に細心の注意を払わなければならなかったのだ。だからこそ選挙に破れはしたものの、「ノーメイクでももう誰もモンク言わないでしょ!」とハッピーなのだろう。

 これはヒラリーに限った話ではない。現在のファーストレディであるミシェル・オバマはオバマ大統領と同じくハーヴァード・ロースクール出身の超エリートで、大統領が上院議員の時代は夫よりも年収が高かった。しかし夫の大統領選出馬に際して自身のキャリアをいったんストップし、ファーストレディになるや即ファッション・アイコンにもなった。2008年の大統領就任式の晩餐会ではジェイソン・ウーという、当時はまだそれほど知られていなかったマイノリティ・デザイナーの白いドレスを纏ってアメリカ中をうならせた。後にバッキンガム宮殿でエリザベス女王の晩餐会に出席した際のトム・フォードのドレスも見事だった。また、ホワイトハウスに安倍首相夫妻を迎えた日にはタダシ・ショージを着る気遣いも見せた。

 一方、日常ではJ.Crewの既製服を着て世間をあっと驚かせた。リーマンショック後の不況下で失業率も記録的に高かった時期だけに好感を持たれた。その後はあらゆるデザイナーのドレスを着たが、普段はノースリーブの花柄のワンピースが特にお気に入り。当初はファースレディが常に二の腕を露出していることをとやかく言う声もあったが、エキササイズで鍛えた健康的な腕はやがてミシェルのトレードマークとなった。

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