連載

『りぼん』の優等生・水沢めぐみがスポ根バレエ漫画で教えたこと/『トウ・シューズ』

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 くるみは小柄だし、朗らかな性格で負けん気が強いわけでもないが、まったく物怖じしない。おどおどしない。悪口を言われてもそこまで気にしない。バレエ漫画の金字塔・山岸涼子の『アラベスク』ヒロインはちょっとしたことですぐ落ち込むネガティブガールだったが、くるみは正反対だ。体育会系の上下関係も気にしないようで、先輩たちに遠慮することなく発表会の主役に立候補、涼子の意地悪発言にも毅然と言い返すなど、非常に凛々しい。

 いつも練習熱心で前向きなくるみが、珍しく思いつめたのは、パ・ド・ドゥ(男女ペアの踊り)での男女の理想の身長差は15~20cm、一臣とくるみとでは身長差があり過ぎるためペアを組むことが難しいと知った時だった。くるみの身長はあと18cm足りず、この先18cmも伸びるとは思えなかった。技術面は努力を重ねればよいが、身長は自分の努力ではどうすることもできない。バレエがうまくなっても一臣とは踊れない、何を目指して踊っていけばいいのか、自分の歩いていく道が見えなくなったくるみ。これまでの『りぼん』において、恋愛のゴタゴタや大人の都合で傷つく主人公は数多く見てきたが、身体的な悩みは誰の過失でもなくて、読んでいた私は他作品で感じたことのない「やりきれなさ」を感じた。当時、私自身も同級生に比べて小柄でそれがすごく嫌だったということもあって、なんで背の高い子ばっかり得するんだよ、と憤慨したものだった。

 同級生の岩崎智也(後述する)との関わりもあって、1度は気持ちを切り替えたくるみだが、後半戦のライバルでバレエの素質に恵まれる杏奈が研究所に加入して再び大きなトラブルに見舞われる。杏奈は小学4年生でバレエをはじめたにもかかわらず、すさまじい才能の持ち主で技術力に定評がある。彼女を上回るべく、自分はひたすら練習を積むしかないと決めたくるみは、レッスンにレッスンを重ね疲労骨折、全治2か月の診断が下る。バレエ開始時期が遅く低身長の自分にはみんなよりたくさんレッスンするしか道はないのに、レッスンし過ぎるとケガをする。そんな自分にバレリーナは向いていないのかもしれないと、今度こそ本当にどん底に落ち込んだくるみは大好きなバレエをやめることさえ頭をよぎった。

 身長は変えられないし過ぎた時間も戻らないしこの先またケガをする可能性だってある。それでもくるみは、智也がサッカーの試合で活躍する姿に勇気づけられ、また仲間の早紀が自分とは逆に高身長で悩んでいると知り「悩んでいるのは自分だけじゃない」と気づく。自分の悩みから逃げようとしたことを恥じ、やっぱり自分にはバレエしかないのだから何度でもやり直そうと決意を新たにする。夢に向かって真摯にレッスンに励むくるみに、努力ではどうにもできない不利な条件を背負わせている設定の『トウ・シューズ』を読んだ小学生女子は「夢」だけでなく「理不尽」や「シビアな現実」も目の当たりすることになった。

 いつもバレエのことで頭がいっぱいのくるみだが、そこは『りぼん』なので恋とも無縁じゃない。同級生の岩崎智也はサッカー部のゴールキーパーだったが低身長であるが故レギュラーを外されてしまい、同じく低身長で悩むくるみと共感。背が高いやつらより何倍も練習してすごい技術を身につけ、不可能を可能に変えてやろう、2人で奇跡を起こそうとくるみと誓い合う。その頃のくるみにとって智也は気の置けない仲間であり、くるみが多少意識している相手は5つ年上の一臣。研究所の発表会前「絶対見に行くよ」と一臣に声をかけられたくるみはうれしくて、学校でも「一臣さんの笑顔ひとつでこんなに幸せになれるんだなー」と智也に話す(その話を聞かせるためにくるみは智也をわざわざ屋上に呼び出すっていう……)。くるみに思いを寄せている智也は、一臣とも顔見知りのため複雑な心境だ。一方、一臣はあくまでも“大人のお兄さん”で、くるみを恋愛対象、もしくは性的対象として見たことは作中一度もなかっただろう。発表会当日高熱を出したくるみは、幕が下りると同時に倒れてしまう。すぐさま一臣は駆け寄ってくるみを抱き上げ、病室にも付き添ってくるみをそっと抱き寄せるが、やっぱりこのシーンも「好き」という気持ちからきているわけではないのだろうな。で、智也はその様子を見ていて、くるみのそっくりの人形を病室の前に置いて黙って去る。この日はくるみ14歳の誕生日。誕生日に同級生の智也からも憧れの一臣からも大切に扱われるくるみ、なかなかリア充な中学生だ。

 中学生からスタートした物語なので、高校編、留学編、プロ編など掲載紙を渡り歩けばいくらでも長く連載できそうではあったが、『トゥ・シューズ』はわずか2年で終わる。しかも、ややすっきりしない最終回だったのだ。ケガから復帰したくるみはコンクールに挑んで見事な踊りを披露、イギリスのバレエ学校への留学が決まる。くるみは空港に見送りに来た一臣に「いつか一臣さんと踊りたいです」と告げるが、実は一臣は心臓に疾患を抱えていることを友人にカミングアウト、何も知らないくるみがロンドンに旅立ったところで『りぼん』紙面上での物語は終了している。こんなの続編、というか第二章をやらないわけないだろうという終わり方だ。

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