「わいせつ表現」規制と女性差別克服は関係ない? 憲法学者・志田陽子氏インタビュー

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――18歳以上、かつ同意のときに、「わいせつか? 表現の自由か?」という議論になるのですね。表現の自由や表現規制について国ごとで考え方が違うのですか。

志田:「表現の自由」が厚く保障されている国でも、ヨーロッパ型とアメリカ型ではかなり違いがあります。

ヨーロッパ型は表現の自由を保障しつつも、弱者を傷つける表現は厳しく規制します。ヘイトスピーチ規制も、早くからドイツで認められ、現在ではフランスでも認められています。「共存社会を目指すのであれば、声のあげづらい弱者に配慮した政策をとろう」というのがヨーロッパ型の考え方です。

一方、アメリカは「思想の自由市場」と言われる考え方があります。表現物の受け止め方は人それぞれ。基本的には、表現は可能な限り自由な状態にしておいて、政府が良し悪しについて格付けをしない。その土俵の上で、ある表現を批判するのも自由。その市民の意識がかなり強く、それがローカルな自治体の条例に反映されることはあります。結果的に批判によって、ある表現がダメになったとしても、それは自由市場の決めたことであり、法はその成り行きに手出しをしないという考え方をしています。ただし、アメリカでも、「わいせつ」や暴力を挑発する言葉は例外とされてきましたし、ヘイトスピーチはマイノリティの声をあげる自由を奪う、つまり「表現の自由市場を阻害するもの」なので規制するべきだとする考え方があります。

――アメリカは子どもの番組などの表現規制が厳しいイメージがありますが……。

志田:「思想の自由市場」は、あくまで十分な判断能力を持っている大人の世界の話です。未熟な子どもはチャイルドポルノから保護しようという考えの方が強く、規制もあります。また、自由市場といいつつも、アメリカのほうが日本よりもポリティカル・コレクトネス(PC)に敏感です。アメリカでは、市民が声をあげることは当たり前という風土があるので、自由市場の結果、自然にそうなっていったのでしょうね。

――日本はヨーロッパ型とアメリカ型のどちらなのですか?

志田:日本の表現の自由は理論的にはアメリカ型の色彩が強いです。しかし、実際には保障のレベルが低いのが現状です。

アメリカ型の考えかたでは、もし表現規制するならば「どうしても必要だと言えることに限り」「最低限」の規制にとどめることが鉄則になります。ドイツ流の考えかたでも、規制は、その必要性と釣り合う限度までだと考えられています。たとえば、インターネット上のいじめをなくす法規制を考えるとしましょう。そのとき、インターネットの利用そのものを全面禁止すれば、インターネットでのいじめはなくなりますが、インターネット上にある他の正当な表現もつぶしてしまうことになり、それは憲法違反となるはずです。このように、規制をするのであれば、必要最低限の規制でなければいけません。

しかし、日本の裁判では、「最低限」の法規制とは何なのかという理論的な線引きのツメがまだ甘いのです。今年5月にヘイトスピーチ対策法が成立しましたが、少なくない憲法学者がヘイトスピーチ規制に慎重でした。理由はいくつかあるのですが、私はこのことが大きな理由だと思います。弱者を追い込む表現は許されるものではない、という理解は共有しているが、理論的な線引きのツメが甘い日本でヘイトスピーチを規制する法律が成立すると、「国会前のデモが気に入らないから禁止しよう」といった恣意的な運用をしようとする政治家に格好の根拠を提供することになってしまうかもしれません。表現の自由を考えるときには、規制が権力によって悪用されてしまう可能性も考えなければならないのです。

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