女性が子どもを持つと周囲から自動的に母と見なされ、ひとりの人間を育てるのにふさわしいスキルと人間性を求められます。しかし母になることに最初から慣れている人などいません。現代の日本社会では誰もが迷い試行錯誤しながら、自ら母となっていくべく自己鍛錬をしなければならないのです。
世の中に子育て指南の類いはあふれていますが、怪しい情報や時代錯誤な押しつけも多いもの。孤独な環境に陥りがちな母親が「何を信じたらよいのか分からない」という心情になるのも不思議ではありません。そのなかで、学歴という分かりやすい指標を信じて子育てに邁進する母親たちがいます。
作家、深沢潮さんの新作『ママたちの下剋上』(小学館)は、中学受験に特化したクラスを持つ「聖アンジェラ学園初等部」が舞台。ひょんなことから同校の広報を務めることになった子どものいない主人公、香織の目を通して、受験に邁進する母と子の様子がリアルに描かれています。有名学校の付属校に入れるために幼稚園や小学校から子どもを受験させ、小学校受験で希望の有名校に入れなければ、中学受験専門のクラスがある小学校に入学させて次のチャンスに賭ける……。著者の深沢さんは、年々加熱する子どもの早期教育事情を、綿密な取材とご自身の体験を元に小説化したそうです。
――中学受験に特化した小学校が舞台ですね。現実でもそうした学校が増えているようです。それくらい早期教育熱が高い親が多いのでしょうか。
深沢潮さん(以下:深沢)「今の日本では、ある程度の社会的地位に就ける人の絶対数がどんどん少なくなっています。その状況を受けてお母さんたちのなかでも早いうちからよい学校、安心できる環境に子どもを入れたい気持ちが高まっていますね。私自身も10年前に娘を小学校受験させたのですが、その頃より状況が厳しくなっていると感じました」
無理をしてでも、有名校に。
――世の中の格差の問題が背景にありますね。昔はのんびりとしていても中間層にいられたのが、現代はもっと必死に上層部に食い込まないと生活が楽にならない。この小説のタイトルは「ママたちの下剋上」です。主人公・香織の姉がまさにそのタイプなのですが、経済的に無理をしてでも子どもを有名校に入れ、高い学歴をつけることで自分の人生も一発逆転させたい人も多いのでしょうか。
深沢「昔に比べて、全体的な小学受験者数は減っているといわれています。でも一部の人々の間では、『とりあえず入れておこう』という切迫感がむしろ高まっているのです。ですから、所得が追いつかないのに早期教育や受験に邁進している人も多いでしょう。ただ、無理して私立の学校に入れても、入ってからのママ友との付き合いが大変です。取材したなかで、子どもを私立の小学校に入学させてからマンションや車を買い替えたり、エルメスのバーキンを購入したりと背伸びしてしまう母親がいるといった話を聞きました」
――そこまでしないと、ママ友付き合いができないんですね。作中でも母親同士が、同じ塾の親子を格付けし合う会話が出てきます。本来世の中にはさまざまな経済状況の人がいて当たり前だと思うのですが、ことさらに異質な人を揶揄する姿に「子どもが同じ学校にいれば、母親同士も均質であるべき」という考えが垣間見えました。