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妄想・幻覚もひとつの「現実」である・統合失調症患者の「現実」とゆらぎ――卯月妙子『人間仮免中』『人間仮免中つづき』

【この記事のキーワード】

「正しい現実」と「誤った妄想」?

 しかし、作者を介護する母親や恋人のボビーは、彼女の見ている世界を否定しません。すずなり荘という物件に住む母親を、隣人の漆原容疑者なる人物が殺そうとしているという妄想に襲われた作者が「すずなり荘にはもう行かないで! 隣に住んでるのは漆原容疑者だよ!!」と支離滅裂な内容の手紙を渡しても、「そんなバカなことがあるわけがない」などとは決して言わないのです。「すずなり荘はとっくに解約して、今はウィークリーマンションに泊まってるから大丈夫だよ!」と、母親を心配する作者の気持ちを汲んだ受け答えをしています。

 また、病室で寝ている状態にも関わらず、劇場の楽屋にいるという認識をしている作者が「お母ちゃん今朝は楽屋に来てくれたのにごめんね。私はSMの仕事で何度も鼓膜をやぶいていて、お母ちゃんがつけたテレビの音がどうしても耐えられないの」という手紙を書いたときにも、そこに書かれていることが正しいか/誤っているかを問題にするのではなく、彼女にとっての「現実」を自分たちの「現実」と並び立つものとして尊重し、彼女が今どのように感じているのか、何を望んでいるのかを汲み取ろうとしています。

 恋人のボビーも、彼女が見たり聞いたりしているものが幻覚であることを指摘しつつも、それが彼女にとっての「現実」なのだということを認めています。『人間仮免中つづき』において、作者はしばしば幽霊の姿を見ていますが、ボビーは「霊っていうのは(統合失調症の)陽性症状だよ。あなたが自己保存のために作り出した世界だ」と言いながらも、恋人が彼らのためにお経をあげることを止めさせたりはしません。彼女にとっての「現実」と、自分にとっての「現実」との間にはズレがあるけれども、それを当然のこととして受け入れているのです。

 私たちを取り巻く「現実」は、刻一刻と変化していくものです。しかし同時に、「現実」の中心にいると思われている自分自身もまた、つねに変動し続けている存在なのだということは、しばしば忘れられがちです。いつでも自分を確かな存在として信用していて、移り変わるのは周りだけだと思っているし、意味や価値のない、無方向な変化を認めたがらない。だから人は齧ったリンゴが酸っぱいときには「このリンゴは外れだ」と考えてしまうのですし、自分の味覚が変動していることなど思いもよらないのです。人の言うことを聞き間違えて、相手の意図とはまったく違う話を頭の中に作り上げてしまうことだってありますし、カーテンをお化けだと見間違えて恐怖を感じることだってあるでしょう。そのとき私たちの「現実」は、私たち自身の変動――それも成長や経験、自分の意思による変化だけではない、「ズレ」や「ゆらぎ」という不安定で一見役に立たないものによって、たやすく揺れ動いてしまうのです。「何かがおかしい」と感じたときには、周囲ではなく自分が変動しているのかもしれない。でも、周囲が変化している場合もある。そう考えると、自分が感じている「現実」が、そしてなにより自分自身が、とても頼りないものに感じられるのではないでしょうか。自分とは違う「現実」の捉え方をしている人のことを、「異常だ」「間違っている」などとは、とても言えなくなってしまいます。

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