一年間「イエス!」と言い続けてみた アメリカTV界に女性ドラマ旋風を起こした仕掛人、ションダ・ライムズの試み

文=堂本かおる
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『Yes ダメな私が最高の人生を手に入れるまでの12カ月』(あさ出版)

『Yes ダメな私が最高の人生を手に入れるまでの12カ月』(あさ出版)

ションダ・ライムズの名は知らなくとも海外ドラマ『グレイズ・アナトミー 恋の解剖学』を知っている人ならいるかもしれない。2005年に放映開始された、シアトルの大病院を舞台に外科医たちの仕事への情熱と恋愛模様を描いた高視聴率ドラマで、アメリカでは今月から第13シーズンに突入する。ションダはこの『グレイズ・アナトミー』の原作、脚本、製作総指揮を手掛ける女性脚本家だ。

ションダはアメリカのTVドラマ界に君臨するタイタン(巨匠)だ。『グレイズ・アナトミー』に続いてワシントンD.C.を舞台とした政治ドラマ『スキャンダル 託された秘密』、犯罪学の教授と学生たちが殺人事件を解明する『殺人を無罪にする方法』と計3本のヒット番組を同時進行で制作している。

この3本の新シーズンがアメリカでは1月19日に一斉に始まる。どれもABC局の看板番組であり、一週間でもっとも視聴率が稼げる木曜日のゴールデンタイム8時、9時、10時に3本連続放映される。前代未聞の快挙だ。

しかし、これほどの天才脚本家ですら一度は燃え尽きた経験がある。完全に燃え尽き、途方にくれ、仕事と育児の合間にストレスから大食して太り、多忙でありながら精神的には完全に引きこもりの生活を送っていたのだった。

1年間、すべてに「イエス!」と言う実験

昨年11月に、ションダ・ライムズ『Yes ダメな私が最高の人生を手に入れるまでの12カ月』(あさ出版、押野素子訳)が翻訳された。本書では、ションダが絶体絶命のスランプから抜け出すために行った「秘密」が明かされ、同時に仕事・育児・友情・ダイエット・恋愛・結婚についてもありのままに綴られている。架空の人間ドラマを作り上げ、視聴者に夢を与えることが仕事の脚本家ゆえ、自分について語ることを避けてきたションダ。この本の出版はションダにとって大きなチャレンジだったと同時に、読者にとっても貴重な気付きを得られる一冊となっている。『グレイズ・アナトミー』やションダを知らない人にとっても、ションダの「秘密」は十分に参考になるものだろう。

その「秘密」は、ごくシンプルなものだ。タイトルにあるように、1年間、何に対してもすべて『イエス!』と言う」。それだけである。

しかしこれが相当に難しいことは、自分に置き換えてみればよく分かる。仕事場や家庭など、誰でもさまざまな他者との関係性の中で生きている。常にあらゆることを打診されたり、頼まれたりする。1年間、そのすべてに対して決して「ノー」と言わず、「イエス!」と引き受けるのである。苦手なことも断らない。誘われたらどこにでも出掛ける。もちろん嫌々ではなく、ポジティヴに。はじめから「ノー」と答えていたら実現しなかった仕事も、「イエス!」と答えるためにはどうすればいいのかを考える。自分が何をしたいのか、何をしたくないのかを振り返る。すると自分自身がどんどんオープンになり、かすんでいた目がクリアになってはっきりとモノゴトが見え、自信もついて恐れが消える。

ションダは3人の娘を持つシングルマザーでもある。とは言え、すでに脚本家として成功し、自分の会社まで持っている。メイドもナニー(専門職のベビーシッター)も雇える経済力がある。実の姉と言い合いになったときに「あなたは独身の母親だけど、シングルマザーじゃない」と言われてしまう程度には恵まれた環境にいる。といっても、自身の会社はもちろん、テレビ局をもしょって立つションダの仕事の量と責任の重さは並大抵ではなく、定時で終る仕事でもない。幼い娘と遊ぶ時間も、ティーンの長女と会話する時間もどんどん減っていくばかりだ。言うまでもなく、決して苦労がないわけではない。

そんなションダが「すべてにイエス!」を子育てにも当てはめた。子どもに『ママ、遊ぼう!』と言われたら、どれほど忙しくても15分だけ一緒に遊ぶ。笑って、歌って、転げ回って遊ぶ。この、たった15分が子どもたちとションダをどれほどハッピーにしたことか! 徐々に活気を取り戻していくションダのクリエイティヴィティは再度研ぎすまされ、仕事にも見事に反映していったのだった。この「15分」は子育て以外にも有効ではないだろうか。どれほど多忙であっても一日15分は他のことをすべて忘れ、自分だけのために使ってみる。試す価値はありそうだ。

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