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品行方正なトランスジェンダーばかりじゃない! 映画『タンジェリン』が可視化する「ニューハーフ」の現実

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クリーンではないトランスジェンダーの世界を描く『タンジェリン』の新しさ

 本作の主要人物、シンディとアレクサンドラは共にトランス女性で娼婦だ。28日間の服役を終えたばかりのシンディは、街角のドーナツ屋で友人のアレクサンドラと談笑している最中に、自分が不在のあいだに恋人が金髪の白人女性と浮気をしていたと聞かされる。ブチ切れたシンディは、恋人とその浮気相手を探しに街中を駆けずり回る。面倒はごめんだと言いながら、シンディに付き合うアレクサンドラは歌手を目指しており、この夜にライブを控えている。

シンディとアレクサンドラは、いわゆる「Fワード(Fu×k)」を連発し、雑然とした語りに知性の匂いはしない。日本にも、オネエ・オカマキャラを売りにするタレント、水商売従事者のなかには、彼女たちに似た人物は存在する。

 「LGBT」同様に、「トランスジェンダー」という呼称が政治的正しさのもと広がりつつある。最近、NHK『バリバラ』で、これまで「オネエ・ニューハーフタレント」という看板を背負っていたはずのはるな愛の説明に、いつの間にか政治的に正しくクリーンな「トランスジェンダー」が冠されるようになっていた。しかし、果たしてどれだけの人がこの呼称が生まれた背景や、備えられた意味を知っているだろうか?

 ほんの十数年ほど前に「性同一性障害」という医療疾患名が知られるまでは、「ニューハーフ」「オカマ」と呼ばれる人々がテレビに出るばかりで、性別に違和感を持って移行した/したいと考えるもの(トランスジェンダー)と同性に性的欲求や恋愛感情を抱くもの(ホモセクシュアル:ゲイ、レズビアン)のちがいが語られることなどなかった。

 しかし、これまでも、今現在も、その困難や差別されている現状が知られず、一般社会に包摂されることも寄り添われることもなく「オカマ」「オネエ」の看板を背負わざるをえないトランス女性が存在する。いまだに多くの人々にとって、性的マイノリティというと、イコール新宿二丁目に飲みに行く、水商売や風俗で働いている、というイメージが強いようで、初対面であっても「どこの店で働いているの?」「二丁目に行ったことがあるよ」といったことばをいきなり投げかけられるという話も聞く。

 『タンジェリン』のシンディやアレクサンドラは痛快で、活き活きしていて楽しそうだ。彼女たちのように、日本で言うオカマ、オネエキャラといった在り方が、好きだ、素だ、という場合もあるだろうけど、そういう生き方しか知らない場合もあるかもしれない。「わいせつなことばを平気で吐き」、「男とあらばベタベタと触りたがり」、「女より女らしい元男」といったメディアが作り上げたイメージを期待され、現実はそうではなくても、人間関係が重くなることを忌避して、しょうがなく引き受けたり、一般社会から遠ざかるトランス女性も少なくはないだろう。シンディやアレクサンドラらが置かれている現実には、そういった偏見や社会的背景が横たわっているのかもしれない。

日本で垣間見た『タンジェリン』の世界

 シンディとアレクサンドラを演じるのはキタナ・キキ・ロドリゲスとマイヤ・テイラーで、ふたりともMtFトランスジェンダーの当事者である。監督のショーン・ベイカーが新作のリサーチ中にLGBTQ(Qは多様な性的マイノリティを包括する用語「クィア」の頭文字)センターでテイラーと出会い、本作の企画がはじまったという。

 トランスジェンダーに対する嫌悪を意味する「トランスフォビア」ということばがある。アメリカでは特に、セックスワーカーのトランス女性が差別、ヘイトスピーチ、暴力といったトランスフォビアに晒されやすい。2014年にテリー・オニールが「ハフィントンポスト」に寄稿したトランスフォビアの実態を伝える記事があるが、こうした状況は現在も引き続いている。性的マイノリティを購買層とする「アドボケイト」誌によると、2016年のうち11月までに26人のトランスジェンダーが殺され、その多くが有色人種だという。

 『タンジェリン』のシンディとアレクサンドラも、有色人種のトランス女性である。加えて彼女らは、貧困であり、教育も受けていないであろうセックスワーカーということも考慮すると、二重どころか三重も四重にもマイノリティだと言える。娼婦と言ってもストリートで商売をする、いわゆる「立ちんぼ」で、だからシンディはある場面で暴力に晒される。またドラッグや大麻などが身近なものと描かれているが、これは彼女たちの現実が、そういったものが必要なほどたいへんだからだと見ることもできそうだ。実際、性暴力の被害にあったり経済的困窮にある女性が、依存症患者になるケースは少なくない。だからこそ彼女らの連帯が際立つのだけど、厳しい状況下にあると見れば、「美しい友情物語」だけではすませられない。

 わたしは2010年の9月から半年、新宿の歌舞伎町にある「女装・ニューハーフ」を売りにしたショーパブに勤めたことがある。当時この店は某民放テレビ局のバラエティ番組に取り上げられることも多かったため、にぎわっていた。辞めた理由は、給料があまりにも安く、深夜にお酒を飲むという身体への負担も大きかったし、バラエティ色を求められる接客に向いていないとかんじたからだ。キャスト同士が指名を取り合い、飲まない新人に焼酎やビールの一気飲みを強要する様子もまま見られたし、運営するのはヘテロセクシュアル(異性愛)の男性たちで、オープン前の掃除もやらされる環境にも憤った。

 それでほとんどのキャストは最低時給1000円で働き、指名客が取れないと終電後の深夜1時や2時に仕事を切り上げさせられる日も少なくなく、そうすると一日6000〜7000円の稼ぎ程度で、つまり営業日をフルで働いても月収20万にも満たない。加えて、キャバクラのように半月ごとに指名、同伴といったノルマが課せられ、ペナルティで懲罰金が取られていく。さらに東日本大震災の際、この店はキャストのクビを切りノルマを課す一方で、被災した人々へ就労支援をするという対外的にクリーンなキャンペーンを行なっていた。なんのことはない、慢性的に人手が足りていなかったにすぎない。

 ではそんなところで働かなければいいではないか、と言えるかもしれない。しかし、多くのキャストは椿姫彩菜や佐藤かよのように一般社会に溶け込むことが可能な容姿ではなく、他に行き場がないと、すがるように水商売の世界に流れてきた者もいる。

 わたしの見てきた、このような日本のあるトランス女性コミュニティの様子と、『タンジェリン』のシンディやアレクサンドラが立ちんぼをして日銭を稼ぐ様子が重なって見えた。もちろん水商売や風俗が楽しい、合っているというトランス女性もいて当然で、そういう人たちを貶める気はない。けれど、「できればふつうに働きたい」と一般企業への就職を望む者も少なくはなく、そういった人々が社会に溶け込めない現状も無視できない。

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