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品行方正なトランスジェンダーばかりじゃない! 映画『タンジェリン』が可視化する「ニューハーフ」の現実

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多様なトランスジェンダーの尊厳の行方

 ただし、一般企業への就職や高学歴を得ることがある種の「上がり」とされ、そうではない人々とのあいだで優劣が付けられたり、トランス女性間で分断が起きるような事態は避けたい。いっしょにされたくないと、「女装」を見下すトランス女性もいる。「オカマ」「オネエ」「ニューハーフ」は差別語で「トランスジェンダー」と呼ぶのが正しいといった、表面的な変化が差別の解消とされるのだとしたら、現実はなにひとつ変わらない。本作の字幕では、シンディらのことば遣いが「〜だわ」「〜なのよ」といったオネエことばを当てられていたが、これは日本の状況に則して考えても適当だとおもう(もちろんそういったことば遣いの人々ばかりではない)。彼女らのように粗雑な物言いをしたり、学がなかったり、セックスワークに従事していても差別されるべきではないし、そういった在り方が否定されるのもおかしい。

 こうした現実において『タンジェリン』がアメリカの映画界において数々の賞レースで注目されたことは、喜ばしいとも言えるだろう。実際、本作は映画として優れており、「秘密と嘘」をめぐるドラマとして傑作に仕上がっている。構成はよく練られているし、色彩や音楽に圧倒される。

 トランス女性というマイノリティだけでなく、ロサンゼルスに多く住むというアルメニア人も登場し、アメリカの多様性をとらえている。ペニスのついたトランス女性に性的欲求を抱く男性(トラニーチェイサー)も登場するが、これは日本においても「カマ好き」といった俗語で当事者間で揶揄されることがある存在だ。監督のベイカーは、流行に乗って人権問題や政治的イシューにまつわる作品とするようなまねはせず、あくまでもセックスワークに従事するトランス女性を隣人としてとらえ、そこに生きるひとりの人間として描く。だから罵詈雑言があふれるような日常に呆れることがあっても、かわいい側面もきちんと観客に伝わってくる。

 しかしトランス女性の現実は前途洋々とは言えない。マイヤ・テイラーは本作でインディペンデント・スピリット賞の助演女優賞をトランスジェンダーとしてはじめて受賞したが、「Daily VICE」でのインタビューで、「トランスジェンダー俳優」という箱にくくられることへの違和感を吐露しているように、偏見は存在する。

 ドナルド・トランプ氏がアメリカの大統領に就任した翌日、「女性のワシントン行進」(Women’s March in Washington)という抗議デモが行われた。その際にトランス女性のアクティビスト、ジャネット・モックが登壇してスピーチを披露し、セックスワーカーの安全も訴えていた。彼女自身、性別適合手術を受けるために、十代の頃にセックスワーカーとしてお金を稼いでいたという。モックも『タンジェリン』のシンディやアレクサンドラと同じ立場だった。彼女はニューヨーク大学で修士を取得し、ジャーナリストとして尊敬されているが、そうではない、低学歴で品行方正ではなくても、トランス女性であっても、尊厳と安全も守られなければならないと、本作を観て改めて実感した。
鈴木みのり

©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

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『タンジェリン』 2017年1月28日(土)より 渋谷 シアター・イメージフォーラム他、全国順次ロードショー

※初日13:15と15:15の回は上映後トークショーあり。
ゲスト:クリス・バーゴッチ(共同脚本家)、ミッキー・オハガン(ダイナ役、女優)

監督/共同脚本/共同撮影/編集:ショーン・ベイカー 共同脚本:クリス・バーゴッチ
出演:キタナ・キキ・ロドリゲス、マイヤ・テイラー、カレン・カラグリアン、ミッキー・オヘイガン、アラ・トゥマニアン、ジェームズ・ランソン配給・宣伝:ミッドシップ

2015年/アメリカ/英語・アルメニア語/88分/カラー/シネスコ/原題:Tangerine

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