「決定権は女自身にあり」。国や時代や他者が何と言おうとも、自分の生き方は、自分が決める。

【この記事のキーワード】

自己決定権は我にあり

 国は、国のために、若い女性の妊娠、出産を促す。件の大分県のパンフレットは「個人の結婚、妊娠、出産の自由は尊重される」と前置きしたうえで、女性の生殖機能が“劣化”する前にライフデザインを整えようと提唱する。そのライフデザインもまた、各位の自由選択が尊重されるとの建前を記しているが、「子供を産むなら若いうちに」と刷り込む内容自体が女性のライフデザインへの干渉である。おまけに子供を産み育てる社会環境が整わぬままでは、国の提案に沿ってライフデザインを設計した女性が追い詰められるだけだ。

 つまり、件の事業の総体は、若い女性の多様な生き方を制御する国策だ。あくまでも利用者の自主性を尊重する構えで婚活・妊活と銘打っているが、正体は主体性を曖昧にするためにソフトフォーカスをかけた準強要である。その交付金事業において、女性を少子化解消の機能、年齢制限つきの商品として扱う自治体もまた、「縁結び」「女性支援」の綺麗事を用いて、ある特定の生き方、“官”にとって都合の良い価値観を若い女性に刷り込む。今さら言うまでもなく、使い古された正論通り「女は子供を生むための機械でも道具でもない」のだが、“官”には通じていないようだ。

 税金を払い、子供を産み育て、働けと国に命じられ、個人の尊厳を軽んじられ、あるようでない結婚・出産適齢期や男性優位社会による“ファンタジー利用”に翻弄される女性には、改めて激励の意を込めて「自己決定権を行使しろ」と言いたい。

 あなたの人生は、あなたのものだ。誰のものでもない。あなたの身体は、あなたのためにある。誰のためにも存在し得ない。国など無関係もいいところだ。たとえ少子化が加速しようとも、知ったことか。今、対策を施さなければ、後に高齢者を支える若者の負担が過酷になると理解はしているが、若者の自由選択を制御するために使う税金があるなら、高齢者対策に回せばよい。国は卵子の老化説のような不安商法ではなく、希望を感じる育児環境を作れないか。どうしても“個”を繰りたいなら、陶酔させてみてはどうだ。

 一連の官製事業は、若い女性の生き方に干渉する洗脳プロパガンダと言える代物だが、同時に、女性の価値を生殖機能や年齢市場で制限する概念をも社会に刷り込む。強制感や疎外を伴う以上、陶酔する間もなく不安を増長させる。しかし、もとより「女は若いうちが花(市場価値)」「産めよ増やせよ(道具化)」「男を立てよ(男性優位社会への順応)」といった言説がまかり通るこの国は、とうの昔より人間の“個”を蔑ろにして良しとする価値観に洗脳されているとも考えられる。

 洗脳された者は、社会や他者に“個”として尊重されない自分に、違和感も疑問も感じない。よって容易に他者の“個”を蔑ろにする。他人事にも軽々しく介入する。自他の雑な“個”の連鎖が、“個”を雑に扱う社会への順応を導く。順応したくてしている者はさておき。違和や嫌悪を感じる者が、順応できない自分を責め、卑下することもまた洗脳効果の現れである。悪いのは“個”ではない。特定の価値観の刷り込みが、人間にあってないような幻影を見せているだけだ。その影響から脱却する方策はただ1つ。各位が、己の“個”を、自ら尊重することだ。

 国や時代や他人が何と言おうが、人間には個人として尊重される権利がある。いつの世も、自己都合で他者を雑に繰らんとする者は現れるが、総じて無視してしまえ。自分が認識する“私”と社会の“女”は、決してイコールではない。結婚も出産も、したければする。したくなければ、しない。当事者の意志を尊重する構えもなく、“個”を全体事の女像の型に嵌める社会に迎合する前に、自己決定権の手綱を強く握れ。自分の正解を自分勝手に決めてしまえ。

 無論、社会は“個”の都合によって振り回されて良い集合体ではない。各々が幸福な生き方を追求するためにも、共生のルールは必要不可欠であり、そのルール作りを迅速に行うのが政の仕事である。集団が勝れば“個”が蔑ろにされ、“個”が勝れば集団が弱体化する。再び集団を強化したところで、集団と“個”の対決によるいたちごっこは終わらない。今、やるべきは、既に認められている“個”の多様性を有効活用するための集団およびそのルールづくりである。

 また、“個”丸出しの人間はとかく嫌われやすい社会ではあるが、利点もある。己の“個”を尊重すると、他者の“個”も尊重する視野が育つ。2つの“個”には必ず違いがあるが、両者ともに大切な“個”であると理解できる以上、違いも尊重できる。他者の自己決定も、それが自分にとって都合が悪くとも、相手が決定権を行使した事実を尊重し、祝福できる。自他ともどもの“個”を思いやることに頭を使える者の世界は、とてもフェアで、平和だ。

 よって私は、自他の“個”を愛する。自己決定権はいつだって、己にある。他者都合の押しつけや、結婚・出産の強要、同調圧力に苦しめられた時には、思い出してほしい。「あなたの人生の正解は、あなた自身が、誇りをもって決めていいのだ」。

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