精神論を振りかざし電通の過重労働を擁護、自殺した娘の母をバッシングする評論家の暴力

連載 2017.02.15 16:10

(C)wezzy

 本サイトを読まれる方が日頃手にすることがないであろうオヤジ雑誌群が、いかに「男のプライド」を増長し続けているかを、その時々の記事から引っ張り出して定点観測していく本連載。

 広告代理店・電通の社員だった高橋まつりさんが2015年に過労自殺し、電通が労働基準法違反で書類送検された一件は、まつりさんの母親からの切なる訴えもあり、常態化している残業を中心に労働問題の再考へと繋がっている。母・幸美さんは、昨年12月25日、娘の命日に手記を発表した。「まつりの死によって、世の中が大きく動いています。まつりの死が、日本の働き方を変えることに影響を与えているとしたら、まつりの24年間の生涯が日本を揺るがしたとしたら、それは、まつり自身の力かもしれないと思います」としつつ、「生きて社会に貢献できることを目指していたのです。そう思うと悲しくて悔しくてなりません」と記した。電通は社長が引責辞任、午後10時に本社ビルの完全消灯と、いくつもの対応を余儀なくされている状況にある。先月20日には、遺族と電通側が、再発防止策や慰謝料の支払いなどを盛り込んだ合意書に調印している。

 電通の4代目社長・吉田秀雄が1951年に記し、社員手帳に刻まれてきた「電通鬼十則」も話題となった。

「5・取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは…。」
「6・周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。」

といった、長時間労働を推奨しているとしか思えない「鬼十則」は、2017年度版の社員手帳には掲載されないことになった。電通労働環境改革本部は、すべての部門で有給休暇の取得率を50%以上にする目標を立てるなど、改善に向けて動き出している。

 そんな最中に、「『電通鬼十則』どこが悪い!」とのタイトルの寄稿を目にして思わず動転してしまう。とはいえ、「こんな十則はあくまでも努力目標であり、掲げるくらいは問題ないのでは」程度の異議申し立てなのだろうと読み進めたら、あろうことか、娘の死を無駄にしてはならないと訴える母親へのバッシングも含む寄稿だったのである。

「ノイローゼで社員が自殺する度に大会社の社長が引責していてどうするのか」

小川榮太郎(『月刊HANADA』2017年3月号/飛鳥新社)

 著作に『約束の日 安倍晋三試論』『「永遠の0」と日本人』などがある文藝評論家・社団法人日本平和学研究所理事長の小川榮太郎の寄稿は、一人の自殺が社会問題に派生していくことに対する違和感を述べ連ねていく。電通の石井直社長が辞任したことを受けて、「ノイローゼで社員が自殺する度に大会社の社長が引責していてどうするのか。ノイローゼ患者も自殺者も無数にいる。社会は理不尽であり、人間は弱い。制度の問題ではない、程度の問題なのだ。遥かに理不尽な中で非命に斃(たお)れる無数の人間が毎日いる事だろう」と書く。

 丸ごと突っ込まなければならない文章というのは、どこから突っ込んでいいか分からなくなるものだが、過労死の事案が議論される度に、この手の「ぶっちゃけ」が必ず顔を出す。その「ぶっちゃけ」とは、要するに「もっと大変な奴いるぜ!」である。もっと大変な奴がいるから何だと言うのか。人は、残業時間が多い順に、プレッシャーが多い順に自死を選ぶのだろうか。「制度の問題ではない、程度の問題なのだ」と言う。いや、程度の問題ではなく、制度の問題である。驚くべき事にこの小川は「私はこの事件をよくは知らない。いまも、実はあまり詳しくは知らずにこれを書いている」と明かす。会社からの抑圧に踏み潰されるように自死を選んだ事件を前にして、「詳しくは知ら」ないにもかかわらず、冒頭から海音寺潮五郎『孫氏』の「由来自殺者の心理は異常である」なんて一節を引っこ抜く無神経。

 「『この程度の残業で自殺を選ぶのは理解できない』という疑念には意味がない」と補足しているが、真っ先に「程度の問題なのだ」と言い切っているのはそちらなので困惑する。亡くなった高橋さんの自殺前1カ月間の残業時間は約105時間だったが、会社側から過少申告するように強いられていたという。「これは、たしかに厳密には電通の法令違反ということにはなる」と、なぜかオブラートに包もうとしているが、厳密には、ではなく、法令違反そのものである。「この残業時間も、この程度の過少申告も、日本社会の常識に反する極端なものではあるまい」と続けば、その無理解が露呈する。

 この一件が浮上した際、電通に入ったんだからそれぐらい覚悟しなければならない、との意見を見かけたし、その後、マスコミ業界の人と話をしていると、時間が経つにつれて「電通もあれこれ言われてかわいそう」などとフォローする人たちが増えていることに驚いたのだが、上司から「髪ボサボサ、目が充血したまま出勤するな」「今の業務量で辛いのはキャパがなさすぎる」と言われ、「男性上司から女子力がないだのなんだのと言われるの、笑いを取るためのいじりだとしても我慢の限界である」などと繰り返しツイートしていた本人の苦悩は忘れ去られていく。その忘却を危惧したからこそ、遺族は立ち上がったはず。

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武田砂鉄

2017.2.15 16:10

1982年東京生まれ。出版社勤務を経て、2014年からフリーライター。著書に『紋切型社会』(新潮文庫)、『日本の気配』(晶文社)などがある。「文學界」「cakes」「SPA!」「VERY」「SPUR」「暮しの手帖」などで連載を持つ。

@takedasatetsu

http://www.t-satetsu.com/

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