母親として、アーティストとしてのビヨンセとアデル グラミー賞での多様な政治的メッセージ

文=堂本かおる
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ビヨンセ公式instagramより

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 2月13日にロスアンジェルスにて開催された第59回グラミー賞。前週のスーパーボウル(レディ・ガガと自由の女神〜ニューヨークとトランプの闘い)に続き、出演アーティストによるトランプ政権へのアンチ・メッセージがどのように表されるかが大きく注目された。

 予想どおり、数組のアーティストがそれぞれの方法で政治的なメッセージを伝えたが、今回のグラミー賞を象徴する存在となったのはビヨンセの圧倒的な「母性」表現と、アデルによるやはり母としてのリプライ、そしてふたりの間に流れた強い絆だった。

 ビヨンセは今月1日に腹部が大きく膨らんだ写真をインスタグラムに投稿し、双子を妊娠中であることを発表した。連日のトランプ騒動に辟易していた多くの音楽ファンにとっては久々に気の晴れるニュースであった。その時点でグラミー賞でのパファーマンスがすでに決まっていたため、「このお腹でいったいどんなステージになるのか」、「現状へのメッセージはどう表現されるのか」とファンの期待、メディアの関心は否が応でも高まった。

 そして当日。

 ビヨンセは、豪奢なビーズで作られたブラトップとボトムのみの黄金のゴッデス(女神)の出で立ちでステージに現れた。膨らんだ腹部は剥き出しのまま、ビヨンセは聴衆に向けて「生まれた時のことを覚えている?」とつぶやく。そして大量の女性ダンサー、次いでビヨンセの5歳の娘ブルーアイヴィー、ビヨンセの母親ティナ・ノウルズが現れ、後光を抱く母娘3世代が並んだ。

 ここまではあらかじめ作られていた映像で、この後、黄金のドレスを纏ったビヨンセがステージに現れた。いつもの激しいダンスはもう無理と見え、動きは控え目ながら、まさにゴッデスの風格で2曲を歌った。

 曲は愛する男の度重なる不貞を描いた『Love Drought(愛の干ばつ)』『Sand Castle(砂の城)』だったが、最後は「許し」で終る。生まれてくる子のためにも、厳しい情勢に立ち向かうためにも、許しと再生が必要なのである。

子どもたちに自信を持ってほしいというメッセージ

 ビヨンセはこの2曲を含んだアルバム『レモネード』で最優秀アーバンコンテンポラリー・アルバム賞を受賞し、力強い受賞スピーチを行った。スピーチには2つの要点があった。「黒人の過去の苦しみを未来の希望に変えること」「母親として子の将来を形作ること」

「子どもたちの美を反映したイメージを見せることが私には重要なのです。そうすれば子どもたちはまずは自分の家族を通して、同様にニュース、スーパーボウル、オリンピック、ホワイトハウス、そしてグラミー賞という鏡を見、自分自身を見て育っていけます。すると子どもたちは自分が美しく、知性があり、能力を持つことに疑いを抱きません。これは私が全ての人種の子どもに望むことです」

 人種的マイノリティはまだ活躍の場が限られている。しかし、子どもにまずは家族を与え、スポーツ、芸能、政治などあらゆる場面で活躍するマイノリティを見せることによって子ども自身に自分の可能性を気付かせるという意味だ。双子が宿る大きなお腹に手を当てながらのこのスピーチは、絶対的な説得力に溢れていた。

 すでにアメリカ音楽史に残るパフォーマンスと呼ばれている今回のステージ。根強く残る黒人差別と闘いながら同時に新たな女性性の表現を行ってきたビヨンセにとって、マイノリティと女性の両方を排斥する大統領の統治下で子どもを出産しなければならないことが大きな動機となっていたはずだ。

 ビヨンセの娘ブルーアイヴィーはまだ5歳。母親がステージで話し始めた時は嬉しそうに手を振ったが、やがて飽きて友だちと遊び始めた。どれほど貴重なことを自分と、世界中の子どもたちのために母親が行っているのか、ブルーはまだ気付いていない。

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