「性暴力を禁止する法律を育てていく」/あらゆる性差別を禁じる“Title IX”のコーディネーターに聞く、アメリカの今

文=山口智美
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Photo by freestocks.org from Flickr

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昨年は、東京大学、慶應大学、近畿大学、千葉大学などで起きた、大学生による悪質な性的暴行事件が報道された。発覚した事件は氷山の一角だとも思われ、キャンパス・レイプ事件への大学の対応も問われる状況となっている。

キャンパス・レイプはアメリカでも深刻な社会問題となっている。キャンパス・レイプを巡る、警察、司法、そして大学の対応の問題をえぐり出したジョン・クラカワーの『ミズーラ』(亜紀書房)は、アメリカでベストセラーとなった(多発するキャンパス・レイプ 「レイプの首都」と呼ばれたアメリカの大学街で起きた普遍的な性暴力を巡る問題)。

アメリカには、1972年に制定された教育改正法第9編(以下、Title IX)という、連邦が財政支援をする教育プログラムや活動における性差別の禁止を規定した法律がある。オバマ政権下の2011年、教育省公民権局が、Title IXに定められた「性差別」は、学生同士の性暴力やセクシャル・ハラスメントも含むと明確に示した教育関係者向けの「同僚への書簡」(Dear Colleague Letter)を出したことで、教育現場における性暴力対応が大きく変わった。また司法省と教育省は連名で、トランスジェンダーの学生に関する「書簡」を2016年に出した。これによってTitle IXは性自認やトランスジェンダーであることに基づく差別をも含むとし、トランスジェンダーの学生が教育を受ける上で不利益を被らないためのガイドラインが提示された。

現在、トランプ政権下のアメリカでは、女性や性的マイノリティ(LGBT)の人権に関する様々な政策への反動が懸念されているが、Title IXが関係する学校での性暴力撤廃への動きも、トランスジェンダーの差別撤廃の動きも後退するのではないかと不安視されている。

オバマ政権時代にTitle IXに関して、アメリカの大学では具体的にどのような変化があったのだろうか。また、現在の課題はどのようなものなのだろうか。トランプ政権のもとではどうなってしまうのか。私の勤務校であるモンタナ州立大学(モンタナ州ボーズマン市)のTitle IXコーディネーター、ジル・シェーファーさんに、トランプ政権に移行する直前の昨年12月にお話を伺った。シェーファーさんは大学のOffice of Institutional Equityという、差別やハラスメントなどに対応する部署のディレクター。性差別のみならず、他のあらゆる差別に対応する仕事を担当しているが、今回はTitle IX関連、特に性暴力対応に焦点を当てる。

オバマ政権下でのTitle IX

オバマ政権は「同僚への書簡」の後も、2014年にキャンパスでの性暴力に関してホワイトハウスのタスクフォースを作るなど、積極的に大学での性暴力問題の対応を行った。アメリカでは連邦の財政支援を一切受けていない大学というのは少数の例外を除いてほとんどなく、全米の大部分の大学にTitle IXが適用されるため、政権による一連の対応が与えた影響は甚大で、大半の大学で性的暴行の訴えに対応する方針や制度を変えなくてはならなくなった。

まず2011年の「書簡」によって、性差別のみならず、性暴力、セクシャル・ハラスメント、ストーキング、親密な関係間の暴力(デートレイプやDVなど)その他のすべての性的な違法行為がTitle IXの範疇だと示された。そして、大学で雇用されている人たちは、学生の性差別や性暴力、セクハラなどの被害について聞いた場合、迅速に(24時間以内に)Title IX担当者に報告するのが義務と定められた。被害当事者が報告をためらったり、迷っている場合でも、事件を聞いた教職員には報告義務がある。教員のみならず、学長、事務方や寮の学生アシスタント、清掃担当者まで、フルタイム、パートタイムや客員などのステータスに関わらず、大学に雇われている人たちは全員が同じように報告義務を負う(例外は秘密保持義務が関わる医療関係者やカウンセラーなどのみ)。そして、性暴力やハラスメントに関する全教職員向けのトレーニングも必修となった。

さらに、性暴力事件の報告を受けた大学は、捜査を迅速に開始し、進めなくてはならないとも定められた(裁定には60日間の期限が推奨された)。このため大学は、性暴力の訴えがあった後、しばらく対応をせず放置しておくとか、警察の捜査の結果を待ってから調査をするなどはできなくなった。そして、刑事司法制度において使われる「合理的な疑いを挟む余地がない」の基準、すなわち事件が起きたかどうかについて、疑いが残る場合には事実認定ができない、いわゆる「疑わしきは罰せず」という基準ではなく、民事訴訟で適用される「証拠の優越」(preponderance of evidence)という、より低い立証ハードルの基準が大学内での性的暴行事件認定において使われることを義務付けた。要するに、この「書簡」以降、被疑者が罪を犯した疑いの方がより強ければ、訴えられた側の責任を問える制度になった。レイプという犯罪を行った学生が罪を逃れるケースを減らすため、軽い立証責任としたのだ(クラカワー『ミズーラ』p.255)。

2011年の「書簡」の内容は、ブッシュ政権時の2001年に教育省から出された指針とそう大きく違う内容ではなかったとシェーファーさんは言う。だが、2011年は、政権の取り組みの真剣度に加え、学生たちの性暴力反対の運動の広がりなどの要素もあり、2001年に比べて影響力が大きかった。シェーファーさんは「Title IXは使う人たちが育てる法律だと思う」として、学生たちの運動や、名乗り出たサバイバーたちの役割の大きさも強調した。また「ついつい日々この仕事をする中で、まだまだ課題が大きいと思ってしまいがちだけれど、考えてみたらこの5年での大学での変化はすごく急速なものでした。大学という組織は通常、変化は遅々としたものなのですが、Title IXに関しては本当に変化が大きかったと思います」ともシェーファーさんは語っている。

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