「性暴力を禁止する法律を育てていく」/あらゆる性差別を禁じる“Title IX”のコーディネーターに聞く、アメリカの今

文=山口智美
【この記事のキーワード】

もし学生が性暴力の被害にあったら?

2011年の「書簡」以降、全米の大学で多くのTitle IXコーディネーターが雇われることになった。シェーファーさんもその時からTitle IXコーディネーターとしての仕事を他大学で始めたという。

Title IXコーディネーターは、学生が被害を報告しやすい、信頼できる環境を作るとともに、被害者が授業やカウンセリング、そのほかの助けを求めている場合には、様々な部署や教職員と連携を取りつつサポートする。さらに、Title IXコーディネーターは、通常の性暴力やハラスメントの被害者支援活動とも少し異なり、被害者一人のサポートに限定されず、大学や、その中の組織や場所などのコミュニティも視野におき、コミュニティそのものが安全な場になるようにする仕事でもあるという。

実際、学生が被害にあった場合、どういうプロセスを経るのか。モンタナ州立大学の場合について、シェーファーさんに聞いてみた。

1.被害学生の話を聞き、正式に告発を希望された場合は書類を作成する。
2.訴えられた側に知らせがいき、Title IX担当のオフィスによる調査が行われる。訴えた側、訴えられた側双方や証人の話を聞き、セキュリティカメラの映像、ソーシャルメディアでの発信、写真やビデオがあるならその検証など、ありとあらゆる方向から調査を行い、記録する。
3.Title IXオフィスが結論を出し、両側に知らせる。その後、訴えた側、訴えられた側双方に、再度回答の機会がある。
4.Title IX担当オフィスがさらなるアセスメントを行い、最終的な結論を出す。その後で訴えた側、訴えられた側に決定とその理由を知らせる。結論への抗議(アピール
は訴えられた側のみならず、訴えた側もすることができる(これは2011年の「書簡」で要求された点だ)。
5.結論が確定し、加害があったと認定されたら、被害者個人、及びコミュニティにとって二度と同様なことが起きないように、加害者に罰則を与える。裁定の最大の罰則は退学となる。

なお、一連の調査や決定は、警察の捜査とは独立してTitle IXオフィスにより行われる。適用される基準が異なることもあり、決定が司法刑事制度による判決と異なることもありうる。

私は、ミシガン大学の大学院生の時にストーキングの被害にあったことがある。1990年代で、Title IXに性暴力もストーキングも含まれてはいなかった時代だ。その時には、ミシガン大学の「学生行動規範」に基づき私が原告として訴え、学内裁判のような審問(ヒアリング)のプロセスを経て、被告側の学生への処分決定が出た。私の場合は裁判長役のロースクールの教員が決定を下す方法となったが、裁判員システム的な方法を使う場合もある。クラカワーの『ミズーラ』では、「学生行動規範」のもとでの大学裁判所での審問を通じて、被害者への二次被害がこれでもか、これでもかと積み重ねられていく様子が描かれていたが、当時のミシガン大学の「学生行動規範」による制度にも審問が含まれており、同様の事態が起きうる。私自身、審問の間、被告側の学生(加害者)とは同室にいなくてはならず、さらに質問にも答える必要が、相当の緊張や恐怖を強いられる経験だった。

2011年の「書簡」は、以前はほとんどの大学で実践されていたという、告発者への反対尋問を行わないことを強く推奨した。シェーファーさんによれば、今もまだ「学生行動規範」モデルを使っている大学もあるが、その数はだいぶ減ったという。例えば現在のモンタナ州立大学では、コーディネーターの指揮のもとにTitle IXオフィスがすべての調査を行い、告発した側、された側が同席する審問は行わずに結論を出す。

私がストーキング被害にあった際には自ら大学警察、市の警察、隣の市の警察など複数の警察や、大学内でも複数のオフィスに連絡せざるを得なかった。また、被害者が複数いた事件だったため、同じ大学のみならず、近隣の様々な街や隣町の大学にも広がっており、被害届が別の警察署に出され、横の連携が取れないという問題もあった。そもそもストーキングなどの犯罪は、必ずしも大学キャンパス内で起きるのみならず、どこでも起きうるものだ。シェーファーさんに聞いてみると、現在のTitle IX担当者は、そうした様々な関連機関の連携を担う役割をも担っているという。被害者にとって、同じ自らが被害にあったストーリーを何度も繰り返し違う人たちに説明をするということだけでも、ストレスが溜まる経験であり、二次被害ともなりうることだからだ。

クラカワー『ミズーラ』で描かれたモンタナ大学(モンタナ州ミズーラ市)で2012年に発生したレイプ事件の場合、2011年の「書簡」送付から半年も経っていなかったため、大学側が立証責任の新基準を学生行動規範に反映するのが遅れており、どの証拠基準を採用するかで混乱があった。また、州の高等教育局も「書簡」で定められた「証拠の優越」基準を無視するなど、制度があまりに整っておらず、問題がある対応が目立った。その後、ミズーラのモンタナ大学にはメディアが注目し、米国司法省の調査が入るなどもあり、制度の変更を余儀なくされた結果、性的暴行対応の制度は大幅に改善されたと、現役の同校教員は語っている。

トランスジェンダーに関する「書簡」

もう一つ、オバマ政権が大学キャンパスに与えた大きな影響は、LGBTへの差別撤廃への動きだった。2014年、オバマ大統領は、職場におけるLGBTの差別を禁止する大統領令を発行。そして、 2016年には、教育省公民権局と司法省公民権局が連名で、トランスジェンダーの学生に関する書簡(Dear Colleague Letter)を出した。学生の性自認やトランスジェンダーであることに基づく差別もTitle IXが禁止した性差別の範疇だとしたのだ。

例えば学校は、学生が望む性自認に合わせて、大学関係書類を発行したり、学生が望む性別の代名詞を使って呼ばれるようにすること、またトランスジェンダーの学生の性自認にあった、トイレやロッカールームなどの設備を使える環境を整えることなどが必要だとした。シェーファーさんはこの書簡をとても充実したものだと高く評価するが、その反面、ほとんどの大学はこの書簡の内容に従う準備が追いついておらず、反発や混乱も大きかったともいう。

こうしたオバマ政権の一連の政策により、大学におけるLGBTに関する対応は大きく変わった。さらにそれとともに、あるいはこうした動きをリードした形で、大学キャンパスにおけるLGBTの学生たちの積極的な運動が与えた影響は多大で、モンタナ州立大学も全く例外ではなかった。ちょうど私がモンタナ州立大学にきてすぐにオバマが大統領に就任したが、この8年間、LGBTの学生団体が大学や市、地元メディアへの働きかけなどを積極的に行い続け、LGBTをめぐる状況は大きく変化した。

1 2 3

「「性暴力を禁止する法律を育てていく」/あらゆる性差別を禁じる“Title IX”のコーディネーターに聞く、アメリカの今」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。