「性暴力を禁止する法律を育てていく」/あらゆる性差別を禁じる“Title IX”のコーディネーターに聞く、アメリカの今

文=山口智美
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課題は何か

現在のTitle IXに関連した課題は何か。

「何よりもまず、被害が報告される数を上げることです。レポートしやすくすること」それをまず達成することが現段階では重要なのだとシェーファーさんは強調した。被害の届け出が増えるということは、人々がそれについて話しているということ、そういう環境が作られているということになるから、と。被害の届出が少ないのは、事件が起きていないというより、むしろ隠蔽されている可能性の方が高い。現段階では被害の届出が多ければ多いほど、大学内での性暴力対応の試みが成功していると解釈されると言うことだ。もちろん、事件がそもそも起きないような環境づくりも大切であることは当然だ。通常の職場などに比べ、大学は人の移り変わりが激しいことが特色でもあり、常に性暴力やハラスメント問題について教育しつつ、対話ができる環境を作ることも大切だという。

さらにシェーファーさんは続けた。

「キャンパスでの性暴力問題が、白人でヘテロセクシャル、シスジェンダー、上流階級の問題として認識されがちであることも大きな問題なんです。沈黙させられている学生層がまだまだたくさんいます。特に留学生は沈黙させられていることが多く、最大の課題だと思います」

性暴力に対応する上でも、人種、民族、セクシュアリティや性自認、階層や障害などに基づく様々な状況や差別も絡む。常に「インターセクショナリティ」を意識して対応する必要がある問題なのだとシェーファーさんは強調した。

さらには、アメリカの大学が変わり、これだけ性暴力対応をすべきだという機運が高まり、教職員にも対応義務が生じた。良い展開なのだが、そんな中で、「教員や職員の中にも、性暴力のサバイバーがいるのは確実だろう。これだけ性暴力の対応をしなくてはいけなくなった状況で、サバイバーの教職員は実は自らが抱えるトラウマを想起させられるなど、厳しい思いをしている場合もあるのでは」という思いも頭をもたげるという。そうした教職員自身が抱えてしまうかもしれない問題の対応については、まだまだ話されていないことで今後の課題だという。

シェーファーさんは続ける。

キャンパスの性暴力の問題は、グローバルな課題でもあるんです。例えば、モンタナ州立大学の学生が交換留学などで海外に行った場合どうなるのか、我々は我々の基準で対応したくても、現地ではまた違うかもしれない。そうした場合、自分たちの大学でだけ性暴力問題に対応しているから良いという問題ではないわけです」

シェーファーさんによれば、今、キャンパスでの性暴力問題については、インド、カナダ、オーストラリア、イギリスなどでも議論が起き、そうした国々の人たちとも情報交換ができる状況になってきたという。

「日本は今、どうなっているんですか? 日本もこの国際的に行われているキャンパスの性暴力をめぐる議論に入ってくれたらすごく意味がある。色々情報交換をして、一緒にキャンパスの性暴力の問題を解決していきたいんです。そういう意味でも、『ミズーラ』が日本語に翻訳されたのは、とても意味があることだと思います。『ミズーラ』について日本の読者がどういう感想を抱いているのか、ぜひ私も知りたいですよ」

さらに、2016年に「書簡」が出たばかりの大学でのトランスジェンダー学生への差別の撤廃に関しては、大学での対応が追いついておらず、課題は山積みという状況であるという。トランスジェンダーのトイレ問題はアメリカの保守派の反発が特に強く、トランプ政権となった現在、LGBTの権利の中でもトランスジェンダーへの差別撤廃は最も後退が危惧される状況となっている。

トランプ政権でどうなるのか

トランプ政権下のアメリカで、女性やLGBTの人権に関する政策の後退が懸念されている。そんな中、トランプ大統領は、富豪で教育問題の慈善家ベッツィー・デボス氏を教育省長官に指名した。デボス氏は公教育に関わった経験がなく、承認に関する上院公聴会でも知識の少なさを露呈し、批判が殺到した。2月14日、デボス氏の承認投票は上院において異例の賛否同数となり、史上初めて議長を務めるペンス副大統領が投票する展開となり、ようやく承認された。

このデボス氏の公聴会で、2011年のTitle IX「書簡」、すなわち学校における性暴力についてのガイドラインに関する質問があった。だが、自身の立場を問われたデボス氏は、それについて答えるのは時期尚早だと述べた。もともとTitle IXに基づく性暴力対策にトランプ政権は消極的なのではないかと懸念されてはいたが、このデボス氏の回答によって、アメリカの教育現場における性暴力対応の後退の可能性が高いと考えられる状況だ。

トランプ政権下では、キャンパス・レイプの問題に関しても、トランスジェンダーへの差別撤廃に関しても、後ろ向きになることが予測される。シェーファーさんは、「今後どうなるかは現段階(2016年12月)ではわからないが、法律が変わらない限り、今までの動きを大学では続けたい」と答えた。積み重ねてきたこの動きはそう簡単に止まるようなものではないはずだと。

現実にはまだまだキャンパスにおける性暴力問題は解決とは程遠い状況でもある。クラカワーによれば、大学の審理プロセスは各校でかなりばらつきがあり、混乱状態で方針が機能していない大学も多いという(クラカワー p.478)。性的暴行やセクシュアルハラスメントなどに関して、Title IXの規定に基づき、連邦政府が大学の取り扱いに不手際があったとして捜査を行なったケースは367件にものぼり、そのうち解決されたのは58件にすぎない(2017年2月15日現在)。デボス新教育長官の下で、過去8年間Title IXのもとで急速に進んできた様々な取り組みが今後どうなるのか、予断を許さない状況にある。

追記:2月22日、NYタイムズ紙など米メディアは、トランプ政権が、オバマ政権が2016年の「書簡」で出したトランスジェンダーの生徒や学生の性自認にあったトイレやロッカールームなどの設備を使えるように求める指針を取り消す予定だと報じた。間も無く新たな指針が出されるという。

追記2:現地時間の2月22日、トランプ政権は新たに「同僚への書簡」を出し、オバマ政権のトランスジェンダーの生徒や学生が、学校や大学で自らの性自認にあったトイレを支える環境を整えるとした指針を取り消した。(NYタイムズ記事)デボス教育長官が指針撤回への懸念を示したものの、セッションズ司法長官やトランプ大統領が強くオバマ政権の方針撤回を推したと報道されている。

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