パク・チャヌク映画『お嬢さん』はフェミニズムそのものだと思う。多くを語りたくても語らせてくれない、もどかしい映画評。

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『お嬢さん』はフェミニズムそのもの

内容に触れてはいけないので、遠慮気味に書きますが、女性で、なにかしらの生きづらさを感じている人ならば、涙を流し、そして最後に勇気をもらえる作品にもなっています。

また秀子を半ば幽閉している叔父の上月と、藤原伯爵を騙り秀子を誘惑する詐欺師の本質が徐々にあきらかになってくるのも興味深いところです。そこには、無自覚で、それ故に腹立たしくもあり、滑稽でもあり、悲しくもある男性の姿を見ることができます。

結局、この物語でぐっとくるのは、秀子と珠子が、自分自身の性とあり方というものを、そのままに受け入れられるようになるところです。男性が持つ「女にはこうであってほしい」と押し付けてくる理想像とは一線を画すものがあります。

最近、「女性も自分自身にペニスが欲しいのである」と主張された記事を読んで、それがフロイトから来ていると知りつつも、違和感を持っていました。そしてこの作品を見て、ペニス(男性性)にこだわる男性が出てくるけれど、女性がペニス(男性性)を羨望し、そこに従属したり迎合したりしなくとも、自分は自分なのだと思えるものなのだと確信することができました。もしかしたらこの作品には、意図的ではないかもしれないけれど、フロイトに対するパク・チャヌクからの答えがあるように思えました。

そして、秀子と珠子は、秀子と珠子という自分のままで、自分を愛し人を愛せる人になる。それは、フェミニズムそのものだと思いました。

私が何を言っているのか、いまいち伝わっていないかもしれません。それは何度も言うように、この映画が手の込んだミステリーで、ネタバレができないためです。だからこそ『お嬢さん』を鑑賞した後に、この文章やほかの人が書いた文章を読み、そして観たもの同士で話し合って欲しい。そんな風に思う映画でした。
(西森路代)

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