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曖昧でまぜこぜな過去の記憶を年表化してみること/小谷野敦×枡野浩一【1】

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「猫もお前も邪魔だと言われて」(枡野)

小谷野 だから、何年何月ですか?

枡野 それもすぐになったので、もう月は覚えてませんが、まぁ(息子が産まれた年の)3月か4月くらいじゃないでしょうか。

小谷野 えっ、そんな早くなの?

枡野 裁判って簡単なもので、なぜかというと、僕は蚊帳の外なんですよ。元妻と元の旦那さんとが闘うというか話し合いをして、旦那さんが「僕の子じゃないよ」って認めた時点で……。血液型的にも僕の子だったので、すぐ僕の子でした。

小谷野 家裁(家庭裁判所)へ行きましたか?

枡野 それは任せてたんですけど、家裁でしたね。

小谷野 どこ家裁でした?

枡野 それはわかんないです。

小谷野 えっ、行かなかったんですか?

枡野 だから僕は蚊帳の外なんですよ。

小谷野 でもまぁ、どこ行ったかくらいはわかるでしょ(笑)。

枡野 すみません。

小谷野 それで、2001年3月には別居になった?

枡野 あの、そのへんの日付は適当ですけど、わかってるのは、2003年の8月の末に籍を抜いたことですね。

小谷野 ああ。

枡野 そこは明確で、裁判所で決めたので。で、その間ずっと別居をしていて。結婚1年後くらいから「仕事部屋を借りてくれ」と言われてですね……。

小谷野 ちょっと待って。結婚1年後くらいに仕事部屋を……って誰に言われたの?

枡野 妻に。一緒に暮らすのがつらいから……ふたり一緒にいると気が散るので……別に仕事部屋を借りて、そこで仕事してくれって……。

小谷野 あ、狭いとこに住んでたんですか?

枡野 や、広いとこでしたよ。

小谷野 どれくらい広いとこですか?

枡野 それは、(評論家の)竹熊健太郎さん[注]が仕事部屋に借りてたことがあるくらい広い部屋です。ほんとに竹熊健太郎さんが……何部屋もある……。

小谷野 邸宅ですか?

枡野 や、普通の一軒家に住んでたこともあるんですけど。別居してたときは吉祥寺の下がコンビニで上がマンションになってるところの2階だったんですね。そこは部屋がいくつもあって……えっといくつあったかな……

小谷野 えっ、それが別居してたときなんですか?

枡野 だから、僕だけ追い出されたってことなんですよ、家族で住んでた家から。

小谷野 その前はどこに住んでたの?

枡野 ……あの、そこからお話ししますか? いつまでも終わらない気がするんですけど……。

会場 (笑)

枡野 あの僕、まず、西荻窪生まれで。それで両親が吉祥寺か小平市で迷って小平市に家を建ててしまったんですね。愚かな親で。だから小平市に家があるんですよ。

小谷野 なんで小平市にしたの?

枡野 吉祥寺か小平か迷ったら普通は吉祥寺に買いませんか、家を。小平市と吉祥寺って普通比べませんよね。でもまぁ小平市に家があるんですよ。

小谷野 はい。

枡野 それで父と母が大阪にいたこともあったので、僕がその家にひとりで住んでたこともあったんですね、一戸建てに。空き巣に入られたこととかもあったんですけど、まぁそれは置いといて。それで父と母が帰ってるときもあったんですね、東京に。そして、猫を飼ってたんですけど、(両親に)猫もお前も邪魔だって言われて、猫が飼えるアパートを自分で探して、武蔵小金井に猫がOKのアパートがあったので、そこに猫と僕で引っ越したんです。

小谷野 いつですか?

枡野 それが2009年の夏だと思います。

小谷野 2009年!?

枡野 あ、すみません、1999年の夏でした。

小谷野 はい。

枡野 その頃、私は歌集デビューして2年目くらいで、『君の鳥は歌が歌える』[注]というエッセイ集をマガジンハウスから出す直前だったんですけど。その夏に、武蔵小金井に僕が住んでるときに南Q太さん[注]と交際が始まったんです。南Q太さんはそのとき南阿佐ヶ谷に一軒家を借りて住んでいました。旦那さんを追い出して。そこに僕が転がり込んだんです。

小谷野 その「旦那さんを追い出して」というあたりは聞きたいんですけど、まぁ先に進んでください。

「私小説の指導では、まず『年表を作れ』と言います」(小谷野)

枡野 その武蔵小金井のアパートは3カ月くらいしか住んでないから、(不動産屋さんに)怪しまれたんですけど。「なんですぐ引っ越すんですか?」って。「や、ちょっと交際相手の家に住むことになったので」って言って、引き払いました、猫を連れて。それで、えっと、新高円寺という駅の近くになぜか「阿佐ヶ谷美術専門学校」という名前の学校があるんです。その学校の目の前の一軒家を借りて家族で住んでました、しばらく。その住み始めたのがたぶん2000年くらいですね。子どもが生まれた時点ではもうそこに引っ越してました、新高円寺の建物に。

小谷野 1999年の夏に猫と一緒に武蔵小金井に住んで、そのあとに交際が始まって、阿佐ヶ谷に住み、そこから2000年の1月くらいに新高円寺に住んだんですね?

枡野 あの、もうちょっと前かもしれません。

小谷野 1999年の11月くらいですか?

枡野 そのへんねえ、過去の日記とかがあればわかるんですけど。

小谷野 ものすごく短期間にいろんなことが進んでますね?

枡野 どうなんでしょう。(元妻が)とてもせっかちな人だったので、少なくともお正月を迎えた時点ではもう新高円寺に住んでいて。それが2000年で子供が生まれるじゃないですか。子育てはほぼ僕は新高円寺でやっていて。夜中に泣く息子を連れてそのへんをうろうろしていたら、(近所の)おばちゃんに「なにか困ったことがあったら言ってくださいね」って、妻に逃げられた夫のような扱いをされたのがその頃ですね。

小谷野 2000年の2月29日に息子さんが生まれたんですよね?

枡野 はい。

小谷野 ということは、息子さんを仕込まれたのは、1999年の4月くらいですか?

枡野 いやいや、えっとね、4月!? そんなに早くつきあってたかなぁ? 夏の印象があったんですけど……。

小谷野 もしや枡野さんの子じゃないってことは……。

枡野 や、僕の子なんですよ。やって3回目くらいでもう(妊娠している)……。

小谷野 ってことは、99年の4月くらいにもう仕込んでないとおかしいんですよ。

枡野 じゃあもうその頃にはつきあってたのかぁ。

小谷野 計算したことないんですか?(笑)

枡野 ないないない。ないし、僕、夏にいっぱいやってたイメージがあって……。

小谷野 はいはい。

枡野 でも春からしてたのかもしれませんねえ……。あ、そうだ、前の冬からとっくにしてたんだ! なぜかっていうと、彼女に呼び出されて、「ご飯食べましょ」って言われて、1回目は僕、奥手なのでなにもしなかったんですけど、2回目くらいにメールで「やりましょう」って言われたの、むこうから。

小谷野 はいはいはいはい。

枡野 「私、やりたいんです」と。

小谷野 でも旦那さんがいたんですよね?

枡野 そう。でもそのとき僕は知らなかったんですよ。旦那さんと別居してて、もう別れたと思ってたの、僕は。

小谷野 98年の暮れぐらいから情交関係があり……。

枡野 その日付は……。彼女、漫画に描いてるから、その漫画読めばいつだったかわかるんですけど。でも冬だったですね。だから交際はもうしてるんだけど、子供生まれてからはすぐダメになってたから、結婚生活短いんですよ、とっても。だって、あの、(2001年から1年以上別居して)2003年8月に籍抜いてるってことは。

小谷野 およそわかります。

枡野 …………なにを今、聞かれてるのだろうか、私は。

小谷野 いやいや、時系列をね。つまり、こういうのをちゃんと時系列に並べて年表にしたらいいと思う。

枡野 あの、本当にわかんなくて。今話したことも、嘘は言ってないつもりだけど、記憶はちょっと曖昧で……。

小谷野 手帳とかないの?

枡野 ありますけど。自分で読み返しても読めないですもん、もう。汚くて。

小谷野 私は『猫猫塾』[注]で「私小説」を指導するときにね、まず「自分の年表を作れ」って言うんです。

枡野 ああ~、なんて面倒くさそうなんだぁ~。

小谷野 いやいや(笑)、ちゃんと自分になにが起きたかを時系列で把握しておかないと「私小説」は書けない。

枡野 ああ~、僕には書けないやぁ……。僕、あの本(『愛のことはもう仕方ない』)でもおわかりになるように、記憶がもうおかしくて……。毎回、枡野書店[注]でコーヒーを飲む場面から始まるんですけど、もうおとといの記憶と10数年前の離婚がほぼ同日の記憶なんですよ、僕にとっては。あんまり(元妻から)家を追い出されたこととか遠い記憶のように思えなくて。ほんと、おととい、一週間前のことって言われればそんな気がするくらい近いんで。みんなに「なんて執念深いんだ」って言われますけど、まったく記憶が薄れないんですよ。

小谷野 それは誰にでもあることでね。でもそれを文章にすることによって、自分の思い違いを正す。

枡野 ああ……それは大事ですね、きっと。でもひとりではできない気がする……。もう当事者もいなくなってるし……。

小谷野 『猫猫塾』に入るなら(年表作成を)手伝いますよ。

枡野 ほんとですか?

(つづく)

【第1回の注釈】

■栗原裕一郎
評論家。1965年生まれ。著書『〈盗作〉の文学史』で第62回日本推理作家協会賞評論その他部門を受賞。小谷野敦との共著に『芥川賞について話をしよう』(電子書籍)、小谷野敦・斎藤貴男との共著に『禁煙ファシズムと戦う』、がある。

■加藤千恵
作家。1983年生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。高校生時代に処女短歌集『ハッピーアイスクリーム』でデビュー。短歌集としては異例のヒットとなる。その後は小説も手掛ける。作家の朝井リョウとともにラジオ番組『オールナイトニッポンZERO』パーソナリティも務めた。最新の著作は『アンバランス』『ラジオラジオラジオ!』。

■町山智浩
映画評論家、コラムニスト。1962年生まれ。米国カリフォルニア州バークレー在住。代表作に『映画の見方がわかる本』、『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』などがある。最新作は『トランプがローリングストーンズでやってきた』。さらに最近では大ヒットしたアニメ映画『君の名は。』について、枡野浩一のネットラジオでの同作への批判を引用しながら評論をするなどし、枡野との関係性は続いている。

『町山智浩の映画ムダ話 ~新海誠監督「君の名は。」』

『本と雑談ラジオ』(枡野浩一・古泉智浩)

■武田砂鉄
フリーライター。1982年生まれ。著作『紋切型社会』で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。最新作は益田ミリとの共著『せいのめざめ』。

■枡野浩一の父
枡野邦夫。工学博士。

■『匠の時代』
高度成長期の日本企業の技術者を描いたノンフィクション作品。著者は経済評論家・ジャーナリストの内橋克人。

■乗代雄介
小説家。1986年生まれ。著書に第58回群像新人文学賞作品『十七八より』がある。

■村田沙耶香
作家。1979年生まれ。『授乳』で群像新人文学賞優秀賞、『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島由紀夫賞受賞、『殺人出産』で第14回センス・オブ・ジェンダー賞少子化対策特別賞受賞、『コンビニ人間』で芥川龍之介賞――と数々の文学賞を受賞している。芥川賞受賞時には同時にコンビニ店員の仕事も兼業していることが大きな話題となった。

■竹熊健太郎
編集者、ライター、漫画原作者。オンラインマガジン『電脳マヴォ』責任編集。著書に『私とハルマゲドンおたく宗教としてのオウム真理教』『篦棒な人々戦後サブカルチャー偉人伝』、漫画原作に『サルまん―サルでも描けるまんが教室』(作画/相原コージ)などがある。

■『君の鳥は歌を歌える』
枡野浩一・著。北野武、村上龍、銀色夏生、俵万智、南Q太らの作品をレビュー&短歌化。あの名セリフ、名場面が五七五七七のリズムに乗ってよみがえる。(amazonより転載)

■南Q太
漫画家。1969年生まれ。枡野浩一の元妻。代表作に『ぼくの女に手を出すな』『さよならみどりちゃん』『クールパイン』などがある。

■『猫猫塾』
小谷野敦が2009年に開校した人文系の教養塾。小説の書き方指南などの個別指導を行う。「18歳以上で向学心旺盛な方であれば、どなたでも受講可能」http://akoyano.la.coocan.jp/juku/index.html

■枡野書店
枡野浩一の仕事場であり、書店であり、イベントスペース。

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■小谷野敦さん
1962年生まれ。作家・比較文学者。東京大学文学部英文科卒業、同大学院総合文化研究科比較文学比較文化専攻博士課程修了、学術博士。『聖母のいない国』でサントリー学芸賞を受賞し、『母子寮前』『ヌエのいた家』で芥川賞候補になるなど、これまでに数多くの評論・小説・伝記などを発表している。また、“大人のための人文系教養塾”『猫猫塾』も主宰し、“猫猫先生”とも呼ばれている。

小谷野敦 公式ウェブサイト「猫を償うに猫をもってせよ」
『猫猫塾』HP

(構成:藤井良樹)

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