頑張りきれない場所もある――暴力にさらされる沖縄の女性たち『裸足で逃げる』著者・上間陽子さんインタビュー

文=山本ぽてと
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愛と暴力でがんじがらめにされる

裸足で逃げる』に出てくる女性たちは、暴力から逃げる。しかし多くの場合、逃げた先にも暴力が待ち構えていた。

優歌は、兄から暴力をふるわれて育ってきた。実家から逃げるように、16歳で妊娠し結婚。17歳で出産。離婚し、生後8カ月の子どもは「跡取りが必要」だと向こうの家に連れていかれる。その後、新しくできた恋人と彼の実家で同棲するも、財布からお金をぬき取られ、暴力をふるわれそうになる。上間さんは何度も恋人と別れるように話す。「でも明日には笑ってくれるかもしれない」と優歌は言う。

逃げる場所があったとしても、暴力から逃げるのは難しい。優歌が暴力を受けたときに逃げられるよう、上間さんは様々なシミュレーションをした。

「暴力をふるう彼氏とは別れたほうがいいって話をしているんですよ。殴られたときのシミュレーションも、近所を一緒に車を走らせながらしていて、もし私に電話が通じたら、ここのバス停までいって、タクシーに乗って研究室を目指す。もし通じなかったら、警察にいく、そこまで決めています。それでも、『大丈夫、今日は殴られなかった』とか『自分は殴らないけど、(彼氏の)ツレの男の人は殴ってた』っていうんです。いやいや暴行事件じゃん、って私は思ったんですけど、そうやって徐々に動けなくさせられるんだなって」

なぜ暴力から逃げられないのか。上間さんは「愛しているから殴る」という物語の問題点を指摘する。小学校や、中学校の先生が熱心な指導で殴ってしまう。お前のことが大事だから、わかってほしいと殴ってしまう。

「殴られて育った生徒には、短期的には暴力が効果的なんですよ。でも、その生徒たちは、『愛している』と言いながら、男は女を殴るし、女の子たちも逃げ遅れてしまう。だから、そこは禁じ手にしてほしい。次の暴力の種まきなんです」

暴力を振るわなくても、彼女たちに愛情を伝えることができる。ある一人の女性は、中学の先生からかけてもらった言葉、もらった手紙の文面を憶えているという。

「”教師になるのやめようと思ったけど、いろいろ知って過ごしていたら、大好きになったよ。次の学校でも先生をやる”って手紙をもらったわけ」
「ああ、そうなんだ、うれしかった?」
「べつにー」
「はぁ~、でも憶えてるんじゃん」

照れくさそうにふてくされる女性に、上間さんは笑いかける。

裸足で逃げる』には、女性たちと上間さんとのやり取りが詳細に記録されている。一見フランクにみえる上間さんの発言や聞き方は、緻密に計算されたものだ。録音した会話を、文字に起こし、自分の発言を客観的に分析してきた。風俗に興味をもったのも、嫌なお客をあしらうような、女性たちのテクニックに惹かれたからでもある。

「聞いているのは基本的に仕事の話なんです。お客さんがこう来たら、こう接するとか、そのテクニックに興味があるんですよ。彼女たちは本当にすごいんです。でも、すごいからといって、放っていいわけではない」

沖縄に蔓延する不寛容

インタビュアーの私も上間さんと同じ沖縄県出身だ。大学進学とともに上京し、ライターの仕事をしている。『裸足で逃げる』に書かれているのは、地域はちがうけれど、まぎれもなく、私の中学、高校の、クラスメイトたちの話だった。当時、私は中学高校のクラスメイトが苦手だった。勉強もせずに、お酒を飲んだり、男性と付き合ったりしていた。なんで、頑張ろうと思えないのだろう。彼女たちに向けていた自分の冷たいまなざしを、私はこの本で自覚した。

――彼女たちは外から見ると「怠け者」に見えますよね。上間さんはそう言われたらどう答えるんですか。

「なんでそう思うの? と聞きますよね。問うているその人なりの頑張りがあって、言っている場合も多いです。それもきっとすごい頑張りだと思っているので、それは認められるべきだと思います。でも、自分が頑張りきれる場所にいるということを知ってほしい。家に暴力をふるう人がいると、ルーティーンをつくるのがきついんです。家に帰って、宿題して、ご飯食べて、お風呂入って、って決めていても、とたんに暴力で壊されてしまうんですよ。そうすると、流されていく方が傷つかない。自分が頑張ったから、彼女たちも頑張れると思うのかもしれないけれど、頑張り切れない場所ってあるよね」

2013年、未成年者が13人関係した、出会い系サイトを通じた管理売春があった。その後に行われた県民大会(注:沖縄では事件があると県民が集まり集会が開かれる)に出てきたのは、優等生の女子中学生だった。「私たちはすごく嫌かもしれないけれど、親に(携帯電話で特定のサイトがみられないように)フィルタリングさせましょう」と彼女は呼びかける。上間さんはその様子をみて、だらだら泣いてしまったという。

「管理売春をさせられていた子どもたちの親は、ケータイのフィルタリングを設定するような親じゃないんですよ。つらいことあるの? 部活はうまくいってる? って、悩みを聞いてくれる大人じゃないんですよ。 出てけとか、お前なんか生まなきゃよかった、ということを、ずっと聞きながら大きくなって生きてきたんです。でも学校は、同級生の口から『フィルタリングしましょう』って言わせる。中学生が中学生を断罪するのだなぁと。学校はそれに加担するのだなぁと。恵まれた環境にいる子にはわからない。だから、大人が教えてあげなきゃいけない」

進学のために上京できた私は、どちらかというと「恵まれた環境にいる」側で育ってきた。家に暴力はなく、ご飯も出てきた。上京させる資金が家にもあった。頑張るためには、頑張れる環境にいる必要がある。ライターの取材をしていく中で、ホームレスやシリアの難民の境遇に胸を痛めることがあっても、自分の生まれた土地の同級生には優しくなれなかった。同じ空間にいたからこそ、わかった気になって、相手への想像力を失ってしまうこともあるのだ。

学校の内申点が下がるのに、放課後に集まって煙草を吸い、夜遅くまでお酒を飲んで過ごすクラスメイトたちを、私は理解することができなかった。大人のふりなんか、いつでもできるのに、と思っていた。でも、もしかしたら家に居場所がなかったのかもしれない。そして、早く大人にならないと、彼女たちは生きていけなかったのかもしれない。

沖縄の教育界も、彼女たちを排斥する方向に動いていった。小学6年生と中学3年生を対象にしている「学力テスト」は沖縄の教育界において大きな意味を持つ。2007年度の調査で、平均正答率が小中学校とも全国最下位であり、他の都道府県から大きく引き離されていた。教育現場には「本土並み」の学力を目指すよう圧力がかかった。

2015年には小学校の平均正答率が全国20位になるなど、学力テストの点数は伸びた。しかし、2016年には那覇市の中学校が、受験した一部の生徒の答案用紙を「平均点が下がる」ことを理由に文科省に送っていなかったこともわかった。

「いま沖縄の学校は学力テストの点数を上げることが目標になっている。『本土並み』の言葉に弱くて、先生方には点数を上げなきゃいけないとストレスもある。成績は飛躍的に伸びる一方で、子どもの居場所がなくなっているんじゃないか。『勉強頑張ろう』では救えない子どもたちがいるんです」

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