執着をなくしたら、死んだも同然の人間/小谷野敦×枡野浩一【5】

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「私は名誉欲の塊ですよ!」(小谷野)

枡野 そうですね。でも小谷野さんはすごく常識がありますよね。女性の趣味は変わってますけど。

小谷野 でも、常識というのは学べますから。

枡野 頭がいい方(かた)なんですよ。僕なんか勉強もできなかったし、非常識なんですよ。だからなにが一般的なのかがわからないんです。さっきの話でも、町山さんがなにに怒ってるのか、(枡野は)ストーカーをやめろと思ってるってことも、まるで想像したこともなかったですね。そしてそれらは、皮膚感覚的に「おかしい」って思うわけじゃないですか、みんなは。僕思わないですもん、そういう風に。それでいいこともあって。「なんでそんなヤバそうな人とつきあうんですか?」「なんであんな人と口聞いてるんですか?」「一目でヤバいじゃないですか」ってよく友達に言われるような人と仲良くなっちゃって、それが功を奏することもあるので。あんまり僕、そのへんは自分の資質だと思ってるので、しょうがないと思ってるんですよねえ。

小谷野 まぁだいたいねえ、男っていうのは50歳くらいから性欲が衰えてきて、それで今度は名誉欲のほうへ行くんですよ。

枡野 あっ、名誉欲ですか。小谷野さんはいかがですか?

小谷野 そりゃあもちろん、私は名誉欲の塊ですよ!

枡野 ああ……。でもそんなことを正直におっしゃる人は珍しいですよ。小谷野さん、でも今後、小説で絶対に賞をお獲りになるんじゃないですか。芥川賞じゃないものを。

小谷野 や、わかんないです。

枡野 芥川賞の場合は、小谷野さんが選考委員全員の悪口を言っちゃったから、いけないと思うんですよ。正直なところ(笑)。

小谷野 でも、他の賞の選考委員の悪口も言ってますよ。

枡野 あ~そうですかあ。ただ悪口言われてもフェアーに選びたいっていう人がたまにはいるので……。そういう人が選ぶ、『ドゥマゴ文学賞』とかなら獲るんじゃないですか?

小谷野 『ドゥマゴ文学賞』は選考委員を選ぶ人がフェアーじゃない。

枡野 ああ~~。

小谷野 だって亀山郁夫ですよ、今年の選考委員。

枡野 そうですかぁ。

小谷野 あんな権力者。

枡野 う~ん、でも僕、よく権威主義って言われるんですよ、(中村)うさぎさんには。なぜかっていうと、人に誰かを説明するとき、「この人は〇〇賞を獲った人」とかって言うからと。僕はそうじゃなくて、「(この人は)芥川賞候補になった人」とか言うと、みんなが納得すると思って言ってるんですよ。「小谷野さんは2回も芥川賞にノミネート」とかいうのは、みんなはそういうの好きでしょっていう意味で言ってるんですよ。だって自分としては芥川賞獲ってようが獲っていまいがこの小説は好きっていうのが多いから、それほど権威主義じゃないと思ってるんですけど、傍からはすごく権威主義に見られてしまいます。

小谷野 まぁあまり関係ないですね。それはたぶん、枡野さんにいじわるをしたい人が言ってるだけじゃないですか。

枡野 そうですか……。や、僕、性欲だってもともとなかったので、相変わらずですよ、昔からずっとこんなです。

小谷野 吉野ゆりえさん[注]って方がこの間、亡くなったんですけどね、知ってます? とても美人で、ダンスをやってる人だったんですけど、「サルコーマ」という癌になって、10年生きてたんだけど、死んじゃったんです。それで『かまくら春秋』という雑誌に『キャンサーギフト』という連載をしていて、「神様がくれた癌」という意味のね……。それで枡野さんの連載『神様がくれたインポ』でしょ。だから枡野さんって人はなんて不謹慎なんだろうと……。

枡野 ああ、癌に比べるとねえ……はい。

小谷野 でもインポのほうは……インポなんですか?

枡野 だからインポは、前よりはインポじゃなくなりました。

小谷野 えっ、どういう意味ですか!?

枡野 前は本当にインポだったから。AVも観なかったんですよ。でも最近、本を書いたこともあるのか、ちょっと観るくらいは平気になりましたね。

小谷野 AVを観るんですか?

枡野 AVというか、エロ動画くらいは観ますね。

小谷野 それに金は出さない?

枡野 金を出すほどじゃないですね。

小谷野 べつに好きなAV女優とかもいないんですか?

枡野 いますよ。

小谷野 あ、いるんですか?

枡野 ちょっとは。でも女優よりは設定で好きなのが多いので。

小谷野 どういう設定が好きなんですか?

枡野 「のぞき」してるようなAVが好きだから……

小谷野 のぞきが好きなんですか!?

枡野 そうなんですよ。僕、犯罪者になるとしたら「のぞき」で捕まるとしか思えないんですけど。でも実際にのぞいたことはなくて、まだ。

小谷野 なにをのぞきたいんですか?

枡野 男女がしてる姿をこっそりとのぞきたいんです。だから昔は、アパート経営をして、男女がしてるのをこっそりのぞくのが夢だったんですけど、テレビでそれを言っちゃったんで、もう経営できなくなってしまったんですけど。

小谷野 でもそれ以前に、どうやってアパート経営をするお金を用意するんですか?(笑)

枡野 ほんとですよね。それはそうなんですが……。でも実際にはやってないから! 本当に興味ある人はもうすでにやってるじゃないですか!

小谷野 盗撮とかね。

枡野 そう! 身近に2人も盗撮で捕まった人がいるんですよ、友人で。だからそういう人に話聞くと、本当に興味あってやってるから。僕は興味あるといっても頭でっかちで、アクションにはつながってないので、性欲弱いなと思います。

小谷野 私の先輩でね、当時、聖心女子大の助教授だった人が盗撮で捕まって、たちまち首……いなくなっちゃったんです。

枡野 そういうもんじゃないですか。地位があっても本当にやりたい人はやっちゃうし。寺山修司だってねえ、晩年それで捕まってるわけですから。

小谷野 三浦俊彦[注]っていう、これも私の先輩なんですけど、『のぞき学原論』っていう本を書いてるんですよ。

枡野 『M色のS景』の人ですよね?

小谷野 あの人は東大教授になってますからね。

枡野 実際にのぞいたりしてらっしゃるんですか?

小谷野 そう思いますね。っていうか、あの人ね、SM趣味でスカトロ趣味なんです。

枡野 あ、はい。

小谷野 なんかの関係で東大教授になった。あれはちょっとまずいですね。

枡野 すごいですねえ。

小谷野 たぶん、和洋女子大の教授だったんだけど、女子大に勤めていながら何も問題をおこさなかったところが評価されて……

枡野 なのに裏でのぞいたり、SM……。

小谷野 だから、商売の人のところでやってるぶんにはいいんじゃないですか。

枡野 なるほどね。まぁ合法か合法じゃないかですもんね。

小谷野 そうですね。

枡野 や、だから、のぞきたい気持ちはあるので。演劇が好きなのも、人の営みをのぞくみたいな気持ちで観てるから好きなんですけど。でもそれくらいですね、性欲は。

(つづく)

【第5回の注釈】

■『五反田団』
劇団。主宰の前田司郎は戯曲『生きてるものはいないのか』で岸田國士戯曲賞を、小説『夏の水の半魚人』で三島由紀夫賞を、ドラマ脚本『徒歩7分』で向田邦子賞を受賞している。枡野は2009年、オーディションを経て『生きてるものはいないのか』の姉妹編『生きてるものか』に出演。

■『言ってはいけない―残酷すぎる真実―』
橘玲・著。≪この社会にはきれいごとがあふれている。人間は誰しも平等で、努力すれば必ず報われ、〝見た目″はそれほど大した問題ではない――だが、それらは絵空事である。往々にして、努力は遺伝に勝てない。知能や学歴、年収、犯罪癖も例外ではなく、美人とブスの「美貌格差」は生涯で約3600万円もある。また、子育ての苦労や英才教育の多くは徒労に終わる……。進化論、遺伝学、脳科学の最新知見から、人気作家が次々と明かす「残酷すぎる真実」。読者諸氏、遺伝、見た目、教育、性に関する、口には出せない「不愉快な現実」を今こそ直視せよ!≫(amazon内容紹介より)

■柳美里
作家、演出家、劇作家。1968年生まれ。18歳で『劇団東京キッドブラザース』(主宰・東由多加)に入団。翌年、演劇ユニット「青春五月党」を旗揚げ。戯曲『魚の祭』で岸田戯曲賞を、小説『フルハウス』で泉鏡花文学賞および野間文芸新人賞を、『家族シネマ』で芥川賞を受賞している。

■『貧乏の神様――芥川賞作家困窮生活記』
柳美里・著。≪作家とは、日雇い労働者そのものである。常時貯金ゼロ。友人に100万円を借り、手持ちのアクセサリーを換金する…書かなければ、書けなければ、収入はない。『創』出版との印税未払いの顛末記も書かれており、芥川賞作家が困窮する衝撃のエピソードが明かされる。全国には300万人の非正規雇用者がいるが、彼等に向け「貧乏でも幸せ生きる」意味を問う作品となっている。≫(amazon内容紹介・BOOKデータベースより)

■三浦俊彦
美学者、哲学者、小説家。東京大学教授。1959年生まれ。小説に『M色のS景』、評論に『のぞき学原論』、『下半身の論理学』などがある。

■吉野ゆりえ
ダンサー。1968年生まれ、 2016年没。著書に『三六〇〇日の奇跡 「がん」と闘う舞姫』、『いのちのダンス 舞姫の選択』がある。

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■小谷野敦さん
1962年生まれ。作家・比較文学者。東京大学文学部英文科卒業、同大学院総合文化研究科比較文学比較文化専攻博士課程修了、学術博士。『聖母のいない国』でサントリー学芸賞を受賞し、『母子寮前』『ヌエのいた家』で芥川賞候補になるなど、これまでに数多くの評論・小説・伝記などを発表している。また、“大人のための人文系教養塾”『猫猫塾』も主宰し、“猫猫先生”とも呼ばれている。

小谷野敦 公式ウェブサイト「猫を償うに猫をもってせよ」
『猫猫塾』HP

(構成:藤井良樹)

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