ストーカーは自分が苦しくなるから、止めた方がいい/小谷野敦×枡野浩一【6】

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「元奥さんの視点で書いてみて下さい」(小谷野)

小谷野 あ、そうだ、枡野さんに宿題を出そうと思って。

枡野 はい。

小谷野 元奥さんの視点から枡野さんを描いた小説を書いてみてください。

枡野 あーっ、それはこの前、小谷野さんがお書きになっていた、小谷野さんみたいな人物を女性の視点から見た小説みたいなものですね。面白かったです。コンビニが出てきたりしてね……。でもそれ(小谷野さんからの宿題)はどうしたらいいんだろう? 僕にできるだろうか、そんな難しいことが。

小谷野 いやつまり、(枡野さんの小説)『ショートソング』と『僕は運動おんち』は枡野さんっぽい視点から書いてるじゃないですか。だから一度全く違う、女性視点で書くんですよ。

枡野 そんなことが可能なんだろうか……。

小谷野 そのことで頭をシャッフルするんです。

枡野 なるほど。それはすごい宿題ですね。ちょっとやってみますよ。

小谷野 面白いですよ。

枡野 <ストーカーみたいなファンがきて/私のことをまたコラムに書いている/なんだろうコイツは――>……

小谷野 いや違う、ちょっと違います。<前に結婚していた男/ちょっと外でやりたかったからやっただけなのに/そのあとずるずる結婚することになって/うざい男だったから嘘ついてすぐ離婚したのに/いつまでもいつまでも私のこと書いてて/しかも息子のことまで書いてて/ほんとにうざい男だわ>――みたいな。

枡野 …………そうですね。それはいいかもしれません。

小谷野 そうすると、素晴らしいなにかが……浄化がおこなわれますよ!

枡野 むこうがなぜそうしたかを考えればいいんですね。<子どもと会わせる約束をしたけれど/離婚してしまえばこっちのもの/もう二度と会わせない>――とか書けばいいんですね。

小谷野 う~ん、またちょっと違う……。<あんな変な男には会わせないほうが子どもにとってはいい>――とか。つまり、自分をボロクソに書くんですよ。

枡野 なるほどね、それはやってみたい気もしますね。僕、宿題やります! がんばります!

小谷野 だって町山にね、芥川賞獲るような小説書けって言われたじゃないですか。

枡野 言われましたっけ?

小谷野 言われたんですよ!

枡野 僕が?

小谷野 そう。だから、小説を書くんなら、それぐらいやれって言われてるわけですよ!

枡野 でもね、僕、選考委員に嫌われてるから……

小谷野 だから! そんな選考委員がどうこう以前の話です! 枡野さんは、文芸雑誌に載るような小説をいっぱい読んでるわけでしょ? そういうのを書けばいいわけですよ!

枡野 やってみます。でも、そういうことは思ったこともなかった。

小谷野 思ってくださいよ(笑)。

枡野 僕、自分視点でずっと書いちゃいますからねえ……。

小谷野 それを変える。

枡野 女性から見たら、僕、気持ち悪いだろうなあ。

小谷野 枡野さん、妙にヒョロ~ってしてるし……飯は食わないし……。

枡野 スキンヘッドだし……。あと、彼女がくれたサンダルも、足が血だらけになって、はくのをやめちゃうし……。酷いですよね。

小谷野 いや、そんなことはどうでもいいんですよ! だいたいなぜ足が血だらけになるんですか!?

枡野 あ、でも、書ける気がしてきました。時間かければ。

小谷野 そりゃ時間かければ書けますよ!

枡野 はぁ。

編集担当G 他にどなたか質問はありますか?

枡野 正直に言ってくださいね。僕、当たっていれば、正直に言われても嫌じゃないほうなんで。嘘つかれるのは嫌なんですけど。

構成担当F けど、当たってるかどうかは「枡野さん判断」なんですよね?

枡野 まぁそうなんですけど。でも耳が痛いことでも、わりとありがたいことはありますよ。

小谷野 この間、枡野書店で枡野さんに話した、杉田久女[注]という俳人がいて、最後は気が狂って死んじゃうんですけど。高浜虚子[注]の弟子だったんだけれども、『ホトトギス』[注]を除名されたと私は思ってたら……

枡野 そうじゃないんですよ。

小谷野 同人から削除されて……。つまり、カースト制度があるんですね。会員の上が同人で。だから、同人じゃなくて会員にされちゃったんですよ。普通そうなると辞めますよね?

枡野 そうですね。

小谷野 なのに辞めなくて、虚子に123通の手紙を書いたんです。返事も来ないのに。ストーカーですよ、これ。

枡野 ちょっと同情しますねえ。

小谷野 同情しますか?

枡野 あれですね、田辺聖子さん[注]の小説(『花衣ぬぐやまつわる…… わが愛の杉田久女』)に書かれた人ですよね?

小谷野 田辺聖子はすごく同情的に書いてるんだけど、私はちょっと違うと思ってて。今月の『出版ニュース』にちょっと書いたんですけど。(田辺聖子は)杉田久女の贔屓の引き倒しをしすぎているって。

枡野 それはでも小谷野さんの立場からお書きになると、すごく説得力ありますよね。

小谷野 だからね、虚子は(杉田久女からの)手紙を取っておいたんですよ。これは面白いと思って。でも、取っておきながらも怖かったと思いますよ。

枡野 ああ……。

小谷野 きっとなかには恋文っぽい手紙もあったと思うんですけど。でもこれは「師匠惚れ」ですね。師匠に惚れちゃう。

枡野 や、僕はでも、勝手に僕の中でラインがあって。交際していた人ならストーカーになっても仕方ないんじゃないかと思うんですよねえ。だからまったく縁もないのにストーカーするのは酷いけど……。

小谷野 いや、虚子と杉田久女は交際してない。

枡野 してない? う~ん。そのへんは僕なりに考えをまとめてみます。

小谷野 ただね、ストーカーについて、町山の言い方だと、むこうが嫌がっているからやめましょうみたいになるんだけど、私が言いたいのはそうじゃなくて。自分が苦しいからやめたほうがいいんです。

枡野 あっ、つまり、枡野は宗教……仏教を学ぶことで、その執着から逃れていくべきだと……。

小谷野 や、そこまで行くのは……無理ですよ。

枡野 そうじゃなく、むこうの視点から書くことで、自分の気持ちを客観視してごらんと。

小谷野 っていうか、仏教に終わりはないんです。これは(評論家の)宮崎哲弥に言われたことなんですけど。

枡野 宮崎哲弥さん、いいですよね。

小谷野 だからね、「生涯修養」です。

枡野 そうですか……。

小谷野 あ、ただね、ろくでもない仏教評論家・玄侑宗久とか、芥川賞獲って急に評論家になってるやつとかもいますけどね。

枡野 そうですか……。今日ね、小谷野さんに奨めていただいた、鼻を洗う『サーレ』っていう洗浄剤でちゃんと鼻を洗って生きてますよ。

小谷野 あれ、あれはやってますか、デンタルフロスは?

枡野 やってないです。

小谷野 デンタルフロスはやらなきゃダメですよお! あのね、デンタルフロスやってない人とか、信じられないです!

枡野 そうですかあ。

小谷野 歯と歯の間にびっしり詰まってるんですよ! 歯垢ってやつが!

枡野 わかりました……はい。

(つづく)

【第6回の注釈】

■『ブエノスアイレス』
香港映画。監督/ウォン・カーウェイ。出演/レスリー・チャン、トニー・レオン
第50回カンヌ国際映画祭コンペティション部門監督賞受賞。第17回香港電影金像奨主演男優賞(とにー・レオン)受賞。

■『ブッダの言葉 スッタニパータ』
中村元・翻訳。≪数多い仏教書のうちで最も古い聖典。後世の仏典に見られる煩瑣な教理は少しもなく、人間として正しく生きる道が対話の中で具体的に語られる。初訳より26年、訳文はいっそう読み易くなり、積年の研究成果が訳注に盛られ、読解の助となるとともに、他仏典との関連、さらには比較文化論にも筆が及び興味は尽きない。≫(BOOKデータベースより)

■枡野俊明(ますの しゅんみょう)
僧侶、作庭家。1953年生まれ。曹洞宗徳雄山建功寺住職。日本造園設計代表。多摩美術大学教授。ブリティッシュコロンビア大学特別教授。著書に『心配事の9割は起こらない―――減らす、手放す、忘れる「禅の教え」』、『怒らニャい禅語 感情をシンプルにする60の方法』などがある。

■『ショートソング』
枡野浩一・著。 ≪ハーフの美男子なのに内気で、いまだチェリーボーイの大学生、克夫。憧れの先輩、舞子にデートに誘われたが、連れていかれたのはなんと短歌の会!? しかも舞子のそばには、メガネの似合うプレイボーイ、天才歌人の伊賀がいた。そして、彼らの騒々しい日々が始まった――。カフェの街、吉祥寺を舞台に、克夫と伊賀、2つの視点で描かれる青春ストーリー。人気歌人による初の長編小説。≫(BOOKデータベースより)

■『僕は運動おんち』
枡野浩一・著。≪運動も勉強もできず、落ち込みがちな高校生の勝。運動音痴から「うんちゃん」とあだ名され、同じ高校に美しい妹が入学してからは変に目立って、ますます死にたい毎日。そんな中、詩を書く柔道部の男子と親しくなり、彼の幼なじみである、髪の長い女子柔道部エースに恋してしまう。なぜか運動部にも入部するハメになり、学校生活は予想外の方向へ――。笑えて元気が出る青春小説。≫(amazonより)

■杉田久女(すぎた ひさじょ)
俳人。1890年(明治23年)生まれ、1946年(昭和21年)没。高浜虚子に師事。近代俳句における最初期の女性俳人。

■『ホトトギス』
1897年(明治30年)に正岡子規の友人である柳原極堂が創刊した俳句雑誌。夏目漱石が小説『吾輩は猫である』、『坊っちゃん』を発表したことでも知られる。枡野は『ホトトギス』の句会に参加し、潜入ルポを書いたことがある(文芸誌『鳩よ!』)。

■高浜虚子(たかはまきょし)
俳人。1874年(明治7年)生まれ、1959年(昭和34年)没。正岡子規に兄事。〈客観写生〉〈花鳥諷詠〉を説いて俳句の伝統擁護に努めたとされる。

■田辺聖子
作家。1928年生まれ。『感傷旅行』で芥川賞、『花衣ぬぐやまつわる―わが愛の杉田久女』で女流文学賞、『ひねくれ一茶』で吉川英治文学賞、『道頓堀の雨に別れて以来なり―川柳作家・岸本水府とその時代』で泉鏡花文学賞をそれぞれ受賞している。映画化された作品に『ジョゼと虎と魚たち』がある。

■宮崎哲弥
評論家。1962年生まれ。著書に『宮崎哲弥 仏教教理問答』、呉智英との共著に『知的唯仏論: マンガから知の最前線まで-ブッダの思想を現代に問う』がある。

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■小谷野敦さん
1962年生まれ。作家・比較文学者。東京大学文学部英文科卒業、同大学院総合文化研究科比較文学比較文化専攻博士課程修了、学術博士。『聖母のいない国』でサントリー学芸賞を受賞し、『母子寮前』『ヌエのいた家』で芥川賞候補になるなど、これまでに数多くの評論・小説・伝記などを発表している。また、“大人のための人文系教養塾”『猫猫塾』も主宰し、“猫猫先生”とも呼ばれている。

小谷野敦 公式ウェブサイト「猫を償うに猫をもってせよ」
『猫猫塾』HP

(構成:藤井良樹)

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