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これまで「枡野対談シリーズ」の構成を担当し、また昔からの枡野さんを知るライターFが、枡野さんに質問を投げかけました。「枡野さん、これほど正面から“ストーカーだ”といわれてどう思われましたか?」と。それに対して枡野さんはいったいどう答えたのか? 人がなにかを追い求めること、人がなにかに執着する問題、そのことの是非、そして「自己肯定感」について……議論はさらに深まっていきます――。
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構成担当F 枡野浩一さんの対談シリーズを構成しておりますFと申します。質問および意見を言わせていただいてよろしいでしょうか。今日、実は、小谷野さんと枡野さんの話を聞いていて、まるで目から鱗が落ちたような気がしたんです。なにに目から鱗が落ちたかといえば、それは小谷野さんが「枡野さんはストーカーです」と断言されたこと、さらに「枡野さんはストーカーを自分のためにやめるべきです」と言われたこと、そして「元奥さんの視点で小説を書けばいい」と進言されたことです。
枡野 …………。
構成担当F 枡野さんと私はもう20年来のつきあいです。枡野さんが歌人として単行本デビューする前からの友人です。ただ、ちょうどつきあいのなかった時期が、枡野さんが南Q太さんと結婚されていた頃でした。それで再会したのが、AV監督のバクシーシ山下さんの結婚パーティの席でした。3~4年ぶりだった思います。
そのパーティの後、同じ出席者だった辻幸雄さんという方を交えて、枡野さんと僕と3人で飲んだんです。そのときの枡野さんはすでに離婚されていて、もう話すことは「息子に会えないんです……」ばかりでした。そして、その同席した辻幸雄さん、この人は元々が私のルポルタージュの取材対象者だった方で、前科16犯・刑務所収監9回の元犯罪者…、というか、またいつ犯罪者になるかわからない方で……。
枡野 辻さんは逮捕されたほとんどが「猥褻犯」なんですよね。それで何回目かに逮捕されたときに、「猥褻のなにが悪い。またやります」って言って、大きく報道された。そんな方なんです。
構成担当F その通りで、「ブルセラの帝王」と呼ばれた人物なんです。逮捕されたときにスポーツ新聞の1面に載ったり、テレビでも報道されたりと大変有名な犯罪者なのですが、でもこの辻さんには成人した息子さんと娘さんがいて、奥さんとはかなり以前に離婚されているんですが、お子さんたちとは仲が良くて、とても好かれているんですね。僕も何度も親子一緒の場面に立ち会っているんですけれども。そして、そのことを僕が枡野さんに話したとき、「いいなぁ、なぜ辻さんが子どもに会えて僕は会えないんだろう……」「僕は前科もひとつもないのに……」と、枡野さんがすごく落ち込んでいたのがとても印象に残ったんです。枡野さんはこういう人ですから、猥褻犯で前科者の辻さんを差別的には全然見てないんですね。むしろ、「そんなことしてるのに子供から愛されるなんて凄い人だ」みたいな感じでした。
その再会の日からもう十数年間たっているんですけど、枡野さんはあのときからほぼ変わっていない。まったくブレていなくて、ずっと「子どもに会いたい、子どもに会いたい、なぜ会えないんだろう」と言い続け、思い続けられている。
僕自身は、そこが枡野さんの面白いところ、世間一般の人たちとは違うところで、凄いところでもあるし、どこか支持できるところでもありました。それで枡野さんの『愛のことはもう仕方ない』が発売されて、それに伴っての連続対談シリーズの企画と構成を僕が担当させていただくことになりました。そして今日が5回目なんです。その最初の2回が枡野さん理解にはかなり重要だと思いまなので、その説明を少しさせてください。(対談はすべてmessyで読めます)
まず第1回目の対談相手がエッセイスト・紫原明子さん。『家族無計画』という家族エッセイを出されていて、年齢が33歳の女性です。この紫原さんの元旦那さんが起業家の家入一真さん[注]で、一時期資産50億円くらいあったのに、無鉄砲に何億円もの投資をしたり、みんなに奢りまくったりの凄まじい無駄使いをして、3年間ほどで使い果たしてしまったという、有名な方で。東京都知事選挙にも立候補されたり。まぁ破天荒な男性で、紫原さんはその家入さんとの結婚生活から離婚に至るまでを『家族無計画』に書かれたわけです。それで紫原さんは枡野さんとの対談で、こういう風なことを言われたんです。
「私が『家族無計画』出すことは、自分でずっと温めてきた元旦那さんへの復讐です」「自分の発言力をずっと高めてきて、それで本を書いて、それで復讐できた」――と。ただその上で紫原さんは、「この本には元旦那さんの酷い面も書いたけど、愛すべき人物としても書いた。この本を読めば、みんな元旦那さんを好きになると思う。そしてそれが私の最大の復讐です。私は許すことが最大の復讐だと思っています」――。
さらに、「本を書くことで、すべてが過去になって、私は元旦那さんから卒業することができました」――というようなことを言われました。
それに対して枡野さんなんですが、枡野さんも「僕も、本には南Q太さんを愛すべき人として書いています、本を読んだ人は南さんはエキセントリックだけど、悪いのは枡野だと思われるように書いています」と言われるわけです。この点は紫原さんと枡野さんは一応は共通してるんですね。
ただ明らかに違うのは、枡野さんは『愛のことはもう仕方ない』を、これで離婚の書き収め、離婚から卒業しようと思って書いたのに、結局全く卒業できなかった――というんです。逆にまだまだ書き足りないと思ってしまったと。
そして枡野書店に関しても、“いつか息子が会いに来てくれるかもしれないから、そのとき来やすいようにやってるんです”ということも初めてその対談で明かされた。
僕はただ、枡野さんはお店とかやるのが好きだからやっているだけと思い込んでいたので、ちょっと驚いたというか。そこまで息子さんのことを考えておられたんだなと……。
そして第2回目の対談相手が、写真家でエッセイストの植本一子さん[注]でした。
植本さんの旦那さんは伝説的なラッパーのECDさん[注]で、小さなお子さんがお二人おられて、エッセイでは子育てに関する根源的な悩みや、さらにご自身の不倫のことまで、凄く赤裸々に書かれています。まさに私小説的なエッセイなんです。
この植本さんと枡野さんの対談でなにが起こったかというと、植本さんがこう言われたんですね。「私、(息子さんに枡野さんと)一緒に会いに行ってもいいですよ! ひとりで行くのが怖いんなら一緒に行ってもいいです!」と。
枡野さんはそれに対して、「そんなふうに言って欲しかったのかな、自分は」「会うな会うな」って言われ続けてたから……。町山さんにもそう言われたし。町山さん以外の人にもそう言われたし……」―と反応されました。
しかし、結局、枡野さんは息子さんに会いに行く行動をとらなかった。
枡野 ………………。
構成担当F そして今日、小谷野さんのお話を聞いていて「あっ」と思ったのは、小谷野さんが「枡野さんはストーカーだ」とズバリと指摘されたことです。さらに“ストーカーというのは追いかけるのがダメなんじゃなくて、求めることがダメなんだ”という意味のことを述べられた。僕はルポライターとしてストーカー男性への取材経験もあるのですが、確かにストーカーは粘着もするけれど、すごく相手に期待して待ち続けます。いつか相手がわかってくれるんじゃないか、いつか認めてくれるんじゃないかっていう願望がもの凄く強い。枡野さんは息子さんを直接追いかけてはいない。だけど息子さんを待ち続けてる。本を書いて待って、枡野書店を開いて待って、息子さんには会いたいけど会いには行かない。小谷野さんは、その待つことこそが逆に「ストーカー」だと。その執着の強さを。枡野さんには、そこについてぜひ聞きたいんです。これほど正面から「ストーカーだ」といわれて、果たして、ご自身として、どう思われましたか?