小谷野 枡野さん、今、売れてないんですよね?
枡野 売れてないです。
小谷野 や、売れてないとストーカーというのは、止まないんですよね。
枡野 売れると急に止みます?
小谷野 急には止まないかもしれませんが……
枡野 僕、お金持ちだったときでもまったく同じでしたよ! だって、テレビCMに出たときとかお金持ちでしたし。
小谷野 何年ごろですか?
枡野 えっと8年……、9年ぐらい前かな?
小谷野 9年前って……、『結婚失格』が10年前ですよね?
枡野 『結婚失格』が出た頃、テレビCMに出たんですよ、僕。テレビCMの後、『結婚失格』と『ショートソング』という本が同時くらいに発売されて、大ヒットしたんですよ、『ショートソング』は。でもお金持ちになったけど、なにも変わんなかったですもん。
小谷野 そのときは売れたんですね?
枡野 かなり売れてました。あとお金もすごくあったから豊かでしたけど、なにひとつ自分の気持ちは変わらなかったので、自分はお金じゃないんだなと思いました。でもむこうには言われましたよ。枡野さんは金持ちになってからストーカーっぽいことをしなくなったと。なに言ってんだろう、全然違うのに!……って思ってましたね。
小谷野 むこうに言われたんですか?
枡野 あのね、元妻の周りにいるんですよ、編集プロダクションの人たちが。そういう人たちが僕のことを攻撃してきたんですよ、(当時僕が連載していた)『週刊朝日』のコラムに。その人たちの噂で、枡野さんはCM出たことで金持ちになって子供への執着はなくなったらしいって勝手に言ってるって伝え聞いて、本当に腹が立ちましたね。そんなはずないじゃないですか。
小谷野 そうですか。
枡野 だからみなさん……、町山さんも“売れてないことが原因”って言ったけど、違うと思ってるんですね、僕。
構成担当F それは自己肯定感の問題じゃないんですか? 枡野さんが実際に言っていたのは、『ショートソング』が7万部売れても嬉しくない――
枡野 いやもう10万部近く……
構成担当F 失礼しました。それで枡野さんは『ショートソング』が10万部売れていても、読者が枡野の自伝的小説だと勘違いして読んでいるのがすごく嫌で、こんなのが売れたって全然嬉しくないと言われていた。それは、安易に満足しないという物書きの姿勢としてはいいと思うんですけど、それこそ先程の『100万回生きたねこ』の何回生まれ変わっても成仏できないっていうのと似てるような気がします。どれだけ売れても自分の中に自己肯定感が生まれなかった、満足できなかったっていう……。
枡野 だって『ショートソング』なんて読み返すのも嫌だったのね。佐々木あららくん[注]がプロットを考えてくれたので、本当は半分共著に近いものなんだけど、まぁ9割僕が書いているから僕の本にしちゃったんだけど。それで、本当に売れたことでの満足感はなかった。今でこそありがたいと思ってますよ。売れたし、漫画にもなったし、枡野書店を借りる資金もそこから出てるし、ありがたいけれども、自分的に嬉しかったかといえば、かなり最近まで嫌だったから。今は肯定的に捉えらるようになったけれど……。だから、ほんとにお金じゃないなと思ってます。
構成担当F 枡野さんは自分の欲求の捌け口でストーカーしてるわけではないですよね。だからより重いというか……。
枡野 家族の幸せを願っているから、邪魔はしたくないんですよ。
構成担当F アイドルストーカーもアイドルの幸せを誰よりも願ってるんです。
枡野 だからまぁ、こういう本を書くことがそもそも迷惑なんだと言われればそうかもしれませんけど、僕の中ではギリギリ自分のされたこと……約束を破られ続けていること、ずっと子供に会えてないことにくらべると、ささやかなことじゃないかと思ってるんです。
構成担当F はい。
枡野 でも植本一子さんには「飯の種にしてる」って言われたから、そう言われちゃうと、そう見てる人もいるんだろうなって思うし。もし僕が元奥さん側の立場で書くとしたら、飯の種にしてるって書いてもいいかもしれませんね。離婚のことをね。
構成担当F あの、小谷野さんにお聞きしたいのですが、『私小説のすすめ』で“誰でも一生に一冊は書ける”といわれていて、もっといえば、“書いて発表しなくてもいいくらいだ”とまでいわれていて、そのことはまさに先程、小谷野さんが枡野さんに与えた「宿題」……「元奥さんの視点で書くこと」につながる話……。
小谷野 そうですね。
構成担当F 書くことで枡野さんは変わるのでしょうか?
小谷野 いや、変わるかどうかは……。
(つづく)
【第7回注釈】
■紫原明子
エッセイスト。1982年生れ。高校卒業後、音楽学校在学中に起業家の家入一真氏と結婚。のちに離婚し、現在は2児を育てるシングルマザー。デビューエッセイ『家族無計画』。(枡野浩一とは《心から愛を信じていたなんて》対談シリーズ第1回目で対談している。
■家入一真
企業家・実業家・政治家・作家。2014年には東京都知事選挙に立候補。著書に『こんな僕でも社長になれた』『我が逃走』『絶望手帳』など。ネット事業で起業した会社が上場企業となり数十億円の資産を得る。だが、わずか2年後にはその資産をほぼ失ったといわれている。
■植本一子
写真家・作家。1984年生まれ。2003年にキヤノン写真新世紀で荒木経惟氏より優秀賞を受賞。写真家としてのキャリアをスタートさせる。広告、雑誌、CDジャケット、PV等幅広く活躍中。2013年より下北沢に自然光を使った写真館「天然スタジオ」を立ち上げ、一般家庭の記念撮影をライフワークとしている。著書に『働けECD~わたしの育児混沌記~』『かなわない』『家族最後の日』がある。(枡野浩一とは《心から愛を信じていたなんて》対談シリーズ第2回目で対談している)
■ECD
ラッパー・作家。1960年生まれ。日本語ラップの草分け存在。写真家・植本一子の夫。著書に『ホームシック』『失点・イン・ザ・パーク』などがある。
■佐々木あらら
歌人。枡野浩一が公言する唯一の弟子。1974年生まれ。枡野浩一・著の『かなしーおもちゃ』には歌人・コラムニストとして参加、「ゴーストライター」としてもクレジットされている。また同じく枡野浩一・編著の『ドラえもん短歌』にも短歌を寄稿。『ショートソング』ではプロットを考えたり、一部執筆したり、登場人物の名前を考えたり、短歌を提供したりした。枡野浩一著『かんたん短歌の作り方』文庫版の解説も担当。歌集『処女のまま始発で帰れ』ほか。
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■小谷野敦さん
1962年生まれ。作家・比較文学者。東京大学文学部英文科卒業、同大学院総合文化研究科比較文学比較文化専攻博士課程修了、学術博士。『聖母のいない国』でサントリー学芸賞を受賞し、『母子寮前』『ヌエのいた家』で芥川賞候補になるなど、これまでに数多くの評論・小説・伝記などを発表している。また、“大人のための人文系教養塾”『猫猫塾』も主宰し、“猫猫先生”とも呼ばれている。
●小谷野敦 公式ウェブサイト「猫を償うに猫をもってせよ」
●『猫猫塾』HP
(構成:藤井良樹)