すべてを飲み込んでしまう怪獣・バキューモンみたいな男/小谷野敦×枡野浩一【8】

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構成担当F それは枡野さん、20年間ずっと自分のことばかりを書いてきて、「枡野は自己愛が強すぎる」みたいなことも言われ続けて、それに対して枡野さんは「そうじゃないんです、僕はこうなんです、僕はこうなんです」ってずっと反論してきていて。でも、今日、小谷野さんがいろいろ聞いていくと、枡野さん自身もわかっていなかった「枡野浩一」がまだいるっていうことなんじゃないですか?

枡野 う~ん、なんだろうねえ、自分のことばっかししゃべってるのはありますけど、でも自己愛……。

小谷野 や、ちょっと待ってください。私ね、大学1年のときに好きな女の子がいたんですけど、その子とセックスするとか想像もしなかったですよ。

枡野 あ、じゃあ僕と似てるじゃないですか。

小谷野 似てるじゃなくて、私は大学1年でそういうことをしていいと思っていなかったんです。

枡野 ああ~、いや、う~ん……。だから僕は憧れみたいに好きになっちゃうから、その人に憧れてたんだけど、ずっと文通はしていて。その人が結婚した男性が、ある事情で僕の本にサインしてくれ、奥さん宛にサインしてくれっていうんです。それで奥さんの名前を聞いたら、「枡野さん、きっと覚えてないでしょうけど同じ学校だったんですよ」って。名前聞いたらその人だったから、えっ、この人が旦那!? みたいなショックが最近ありました。

小谷野 いま、文通してたって言いました?

枡野 文通してましたよ。

小谷野 いくつからいくつまで?

枡野 大学生のとき。(枡野注/正しくは「大学時代」ではなく「大学中退後、文学サークルに顔を出していたころ」)

小谷野 同じ大学にいて文通してたんですか?

枡野 ええ。手紙が大事だったんで。

小谷野 それ、ほとんどなんか、つきあってたに近くないですか?

枡野 それで僕は、そのことを「レターセックス」という短歌や詩にしたこともあるんですけど。彼女は文章がうまかったので、お互い手紙を送りあうことが気持ち良くて楽しかったんです。

小谷野 それ、立派につきあってますよ。いや、ちょっと待ってください、それでいつまで続いたんですか?

枡野 それは、僕、大学すぐ辞めちゃったので、辞めたあとも続いてましたね。でも突然彼女から「好きな人ができて、つきあってる」と言われたときに、すごいショックで、あっ、自分はこんなにショックうけるほど女性として好きだったのかって初めて自覚したっていう……。

小谷野 好きなんじゃないですか! それは2年くらいあとですか?

枡野 2年ぐらいあとかなぁ。僕、短歌で彼女のこと、いくつも書いてますよ。《毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである》っていう高校の教科書に載った短歌は、その人のことを書いてるし。あと、《だれからも愛されないということの自由気ままを誇りつつ咲け》という歌は、彼女が当時、「私はだれからも愛されない」と書いていたことに返事するように書いた短歌だし……。そういうことでは、自分の人生にとってとても大事な女性なんだけど、肉体関係は一切なかったし、ふられてから、実は自分は女性として好きだったのかと気づくくらいの鈍さです。

小谷野 べつに鈍くないです。ちょっ、あのね、大学1年生くらいで、肉体関係があるのが当然というふうに思うほうが、私からすると変なんですけど。

枡野 なるほど……。でも、そう言われてみれば、こういうこと、一切書いていないですね。なんかだから、興味ないんですね、きっとそこに。子供のことは執着あるんですけど……。

小谷野 い、いや、だから、なんか、発達障害的に忘れてんじゃないですか?

枡野 そうですね! その通りだと思います。でも言われると思いだしますね、いまみたいに。

構成担当F でもいまの「レターセックス」の話なんて、それだけで短編恋愛小説になると思いますし、あざとく言えば、一番お金になる小説になる気がします。でもそれが、あれだけずっと自分のことを書いてきながら、まんまと記憶から抜けているところが枡野さんを象徴している……。(枡野注/このエピソードは『淋しいのはお前だけじゃな』という本に短く書いていました)

枡野 そうですねえ。でも僕、書けっていわれたら、いくらでも書けるかもしれません、そういうこと。

構成担当F でも書くのは嫌なんですよね?

枡野 小説はねえ、ほんと下手だし、書くの嫌いなんですよね。なんか、どうですか、僕? 本、一生懸命、面白がってもらおうと思って書いてるんだけど……。短歌は、自分でも上手いと思ってるのね。自分でいうのも変だけど。小説は上手く書けないんですよ。

小谷野 いやいやだから、小説は上手く書こうと思うとよくないんで。

枡野 ああ~。

小谷野 上手くなくても、記録だと思って書けばいい。

枡野 なるほどお、なんてすごいアドバイス……。

小谷野 や、『猫猫塾』ではいつもそう言ってますよ。

枡野 ほんとですかあ。

小谷野 文飾とか考えないで、まずあったことを書けばいい。

枡野 なんかいつも、自分は短歌くらいのレベルになんなきゃいけないと思って苦しむんだけど全然上手く書けないっていう……。どうせ小説だったらもっと上手い人がいるから、その人が書けばいいと思っちゃうんですよね。長嶋有さん[注]なら100倍上手く書くだろうと思うと、書けなくなっちゃうんですよ。

「小谷野さん、もっと早く言ってくれてもよかったのに」(枡野)

小谷野 枡野さんは石川啄木のこと書いてるでしょ?(『石川くん』[注])あれみたいに、他の歌人のことも書けばいいのに。

枡野 啄木はねえ、興味があって、ちょっと書いちゃったんですけどねえ。

小谷野 与謝野鉄幹[注]。

枡野 あと正岡子規[注]とかですか?

小谷野 正岡子規はね、たくさん他の人が書いてるから。

枡野 でも与謝野鉄幹は、僕の立場的には確かに書くべきかもしれませんね。奥さんが売れっ子歌人で、与謝野晶子[注]。

小谷野 ただねえ、晶子は鉄幹のことが好きでしたからねえ。

枡野 そうなんですよねえ。だから、売れっ子の女性が旦那のことを好きだっていう。ユーミン(松任谷由実)もそうですもんね。ユーミンも旦那さんのことが大好きで、どんなに旦那が変わり者でも、ユーミンは旦那を愛し続けてるから。(枡野注/対談後、松任谷由実さんの夫であるアレンジャーの松任谷正隆さんのラジオ番組『楽しいラジオ』にゲスト出演しました)

小谷野 あと、安野モヨコね。

枡野 安野さんねえ……。

小谷野 ちょっとねえ、安野モヨコの庵野秀明に対する好きさ加減をみるとね、枡野さんがかわいそうになる……。

枡野 ほんとですよ! 僕ね、行ったんですよ! 最後に僕たち夫婦で行ったのは、安野さんと庵野さんの結婚パーティなんですよ。

小谷野 へえ~。

枡野 それで庵野さんのパーティには宮崎駿がいて、「アニメをつくってください。私は彼の実写は認めていません」って言ってた。いいエピソードでしょ?

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