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陶酔させ、誰も不快にしない「正しさ」の洗練――映画『お嬢さん』 西森路代×ハン・トンヒョン

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『お嬢さん』に対して怒る男性が少ない理由

西森 じゃあ、秀子が官能小説を朗読する姿を見に来ている紳士たちも……?

ハン どうなんでしょうか。彼らが何人かはわかりませんが、当時の植民地の上流階級の朝鮮人男性は、いくら頑張ったところで日本人になれないんだけど、でも日本人以上に日本人にならないと生き抜けなかった、劣位とされた文化を捨て上位とされた文化に自ら進んで耽溺してしまう、というのをものすごくカリカチュアした存在が上月なんです。韓国ではそうした文脈が共有されているところがあるから、この映画が植民地批判をしていることに気づく人も多かったんじゃないかな。ただ一方で、正面からの日本批判ではなく受け入れる側への批判のかたちを取っているから、気づきにくかったところもあるかもしれない。そういう意味で、とくに韓国人の男性は、男性批判であり親日派の植民地文化人批判であるにもかかわらず、「馬鹿にされている!」と怒る人が少なかったような。

西森 どういうことですか?

ハン 当時の植民地文化人が持っていた歪みによって被害にあっているのは女性ですよね。上月は、これは成りきろうとしている日本人への征服欲や復讐のようなものでもあると思うのだけど、姪の秀子を閉じ込めて、官能小説の朗読をさせているし、藤原伯爵はスッキを利用して秀子と結婚して階層上昇するために日本人を演じている。パク・チャヌクは、上月や藤原伯爵を情けなく滑稽に描くことで、親日派男性批判と同時により一般的な男性批判をもしています。でも、韓国のナショナリストはそう受け取らなかったのかもしれない。「親日派だから、上月や藤原伯爵があんな末路になっても仕方ない」と、自分たちのことが描かれているとは思わないんですよ。一見、民族的なつながりより女性の連帯を上位においちゃっているのに、そういう批判をあまり見かけなかったのはこういうことなのかな、と。

西森 女性が男性を断罪する話ではなくて、民族の話として受け取っているということですか。

ハン そうですね。秀子を救い脱出へと導いたのは朝鮮人女性のスッキです。つまり日本人女性を朝鮮人女性が救ったという話でもある。だけど、朝鮮人が日本人のふりをした親日派を断罪した物語としても受け取れるようになっているんですね。しかも秀子をキム・ミニが演じているので、朝鮮人が朝鮮人を救った話のようにも見える。実際、そういう風に受け取った人もいました。あと彼女たちを苦しめたのは親日派の朝鮮人や野望を持つ朝鮮人の男で、そうさせたのは日本とも言えるのだけど、キャスティングの妙によってその怒りが秀子には向かいにくい構造だし、男性の滑稽さが際立ちますよね。パク・チャヌクは巧妙なんですよ。しかもこんな話を韓国人男性が作るのだから自虐的というか、きわめて内省的だとも思います。現在の韓国の男性たちにもつながる話なのに。自発的服従って、きわめて今日的なテーマですよね。今の日本だったら忖度(笑)。

西森 原作はサラ・ウォーターズの『荊の城』ですよね。海外の小説をそんな風に意味をもってうまく置き換えられるパク・チャヌクってすごいですよね。

ハン 植民地支配は日本の問題でもあるんだけど、今の日本でその文脈で受け止められる人は少ないでしょうね。日本人役の秀子をはじめ、俳優たちが話す「日本語がつたない」って文句をいう人もいたけど、秀子を日本人俳優が演じて完璧な日本語を話していたら、まったく違う見え方になってしまっていたかも。秀子の位置づけに「揺らぎ」をもたせるためにも効果的だったと思います。あと植民地時代に作られた映画って、朝鮮人の俳優が日本語をしゃべっているんですよね。ある時期からは朝鮮語を使うことが禁じられていたし、映画会社も最終的には国策会社1社となり、総督府の監視下で映画を作っていた。『お嬢さん』で日本語を話す韓国人の俳優たちの姿は、当時の朝鮮映画に重なります。

西森 パク・チャヌクはそこまで考えて作っていたんですかね。

ハン それはわからないけど。あの時期の映画のフィルムが発掘されたことで、1920~40年代の映画研究って近年かなり進んでいるんです。研究熱心なパク・チャヌクが当時の映画を見ていないわけがないとは思いますが。当時の作品はたとえば日本人と朝鮮人の俳優が両方出ていたりして、さらに時期によっては全員が日本語を話していたり、半々だったりで、誰が何人なのかなんてよくわからなくなっています。そういう風に文化的に同化しようとしたのが日本の植民地政策であり、とはいえ同化しきれない「揺らぎ」が見え隠れするごちゃごちゃした状況が植民地のリアリティ。だから「日本語がつたない」っていう「批判」に対しては、「いや、植民地ってそういうものだから」って思いました。そういう揺らぎを可視化させるキャスティングでもあったと思います。あと、つたない日本語が「エロい」っていう人もいた。いろんなポジションから見られるようになっていて、どんな位置づけの人にも楽しめるようになっているのが『お嬢さん』なんですよね。

西森 やっぱり私は、その辺りで知らないことが多かったので、そこまでは考えられなかったですね。そこは、「チンコ」で笑えない男性と同じことになっているのかもしれません。これまで観た韓国映画でも、そういう日本に同化せざるをえなかった人たちが普通に出てきていたんですかね。『暗殺』だと、イ・ギョンヨン演じるヒロインの父親が親日派であり「家」を守ろうとした人として出てきますが、あの映画の親日派は悪くて悲しい人だったとしか書かれていなかったから、私たちは映画を観たくらいではその背景は理解できなかったのかも。そのほかのドラマを見たことがあったけど、そこまでの意味がわかってなかったですね。

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