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アカデミー賞受賞作品『ムーンライト』は「LGBT映画」か? 人種、セクシュアリティ、男らしさ、貧困…複雑な背景をめぐる一人の人間の成長譚

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また、「ゲイ映画」と矮小化してまとめる見方にも、疑問がある。

確かに『ムーンライト』では、男性である主人公とその幼いころからの友人ケヴィンのあいだで、親密な感情の交流や接触が描かれている。とりわけ十代のパートでは、二人は互いにそのコミュニケーションに慎重で、戸惑い、しかし掛け替えのない瞬間を味わっているように見える。

これを「ゲイを描いた」と一言で済ませることもできるかもしれないけれど、先述のとおり、それでは本作の真髄にふれているとは言えないとわたしは考える。なぜなら彼らは一度も、自分について「ゲイ(またはバイ)だ」と自称はしておらず、自己定義する前の未分の状態にあるからだ。だからこそ、セクシュアリティの文脈で本作について話すには、より一層注意が必要だと思う。

「同性愛=ホモセクシュアリティ」という概念が作られたことで、人間が同性愛者と異性愛(ヘテロセクシュアリティ)者と、分けて見られるようになり、これが差別や排他を生んだ。ヘテロの人に考えてみてほしいのだけど、ヘテロと自覚していない人の恋愛映画を、わざわざ「ヘテロを扱ったラブストーリー」などと言わない。つまり「ヘテロセクシュアルは当たり前」だと考えられているということだ。当人が「ゲイだ」と名乗っていない以上、いくら「同性間の親密性や性的接触」がうかがえても他人が名付けをするのは危険で、あくまで同性愛的経験としてとらえるのが適切だとわたしは考える。

他人が他人の性に勝手に名前を付ける暴力性は、『ムーンライト』の持つ、素朴な感情や欲求という抽象性の美しさには、ほど遠いと感じる。「ゲイの美しいラブストーリー」と言ってしまえば、一聴とてもロマンティックに思われるけれど、そこには「差別に屈しないマイノリティ像の消費」という卑下の意識が潜んでいると言えるだろう。しかし、同時に、「i-D」の記事で指摘されているように、黒人とクィアという、ひとりの人間の多層性を描くうえでの革新性は注目され、丁寧に検証されるべき点だと思う。

ちなみにクィアとは、近刊の森山至貴『LGBTを読みとく』(ちくま新書)から引用すると、

〈「非規範的な性(を生きる人)全般」「性に関する社会通念を逆手にとる生き方(をする人)」「性に関する流動的なアイデンティティ(を生きる人)のどれかまたは複数を指す〉

このような在り方と言え、本作の核とも結びつく。クィアという視座は、「同性愛者」というような形でセクシュアリティのみで一人の人間の人格を規定するのではなく、多層的なものととらえ、さまざまな問題と接続する可能性を含んでいるからだ。

先述した、「同性間の親密な関係や接触」に対する戸惑いにフォーカスしてみると、主人公とケヴィンの心情にはもしかしたら、同性愛が「普通ではない」「例外だ」とされている現状の社会において「同性間の親密な関係性は避けられるべきもの」として考えられ、だから、自身の内から湧く「同性である他人に対する情愛や欲望」に立ちすくんだ、と解釈することもできそうだ。

なぜなら、彼らが住むような危険な地域では「男は男らしくあるべき」という規範が漂っているだろうし、また自身も生き延びるために「男らしくあろう」と努めるだろう。また、異性愛が一般とされる社会における「男らしい」には「女に欲望する」ことが当たり前のこととして含まれていると考えられるため、同性愛的感情や欲求は自発的に抑えられようとするものとして見るのが、自然に思う。実際、主人公が成人した三部では身体は屈強に鍛え上げられており、洒落た車を乗り回し、金のグリル(歯の装具)をつけ、典型的な「男らしさ」をまとった姿になっている。

この姿は、父親のいない主人公にとって身近なロールモデルだったであろう、ドラッグディーラーのフアンと重なる。母親はドラッグ中毒で、学校でもからかわれたり除け者にされ、ケヴィン以外に友人がいない様子の主人公と、フアンとその恋人・テレサとの交流には、圧倒的な包容力で肯定される様子がうかがえる。だから主人公は心を許したのだろうし(つまり『ムーンライト』は「居場所」のドラマでもある)、フアンのように成長するのだろう。ここでも「自分は何者であるか?」という自己定義というテーマが顔を出す。「自分」というものは、周囲との関係や環境、ロールモデルの参照などによって左右されるところが大きい。

このフアンの存在も決して一面的に善いものとして描かれているわけではない。フアンは、主人公の母親の堕落の原因になっているドラッグの元締めであるのだから。この多層性が物語に奥行きを与えるけれど、そこに説明はほとんどない。

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