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アカデミー賞受賞作品『ムーンライト』は「LGBT映画」か? 人種、セクシュアリティ、男らしさ、貧困…複雑な背景をめぐる一人の人間の成長譚

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こうした有色人種をめぐる負のルーティン、貧困と薬物中毒、就労困難、階級再生産といったアメリカの病巣については、同じく第89回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー部門にノミネートされていたエヴァ・デュヴァーネイ監督の『13th -憲法修正第13条-』(Netflixで配信中)が把握しやすいのでおすすめしたい。この作品では、奴隷制の廃止のタテマエとなっている憲法修正13条が存在しながらも、未だに有色人種とりわけ黒人が社会構造上、(実質上)二級市民として隷属されやすいのはなぜか、その歴史的経緯を知り、現状を考える材料となり、『ムーンライト』の物語の背景がより深まってとらえられると思う。もちろん、ドラッグ売買や所持は『ムーンライト』の社会でも日本でも犯罪だが、それを一様に「悪いこと」と言い切れなくなる。

また、フアンはキューバ出身のアフロ・キューバンで、黒人の中でも肌の色が濃い。こうした人間が社会に溶け込むためには努力が必要と言われている。わたしたちは一口に「黒人」と言えてしまうのだけど、その内実も多様で、アフリカンアメリカンだけではないという示唆も含まれている。

ここまで、主人公の名前を記述してこなかった。公式サイトと字幕では「シャロン」とされているが、ツイッターで、ブラックカルチャーに明るい翻訳家の押野素子氏らが指摘するように、これでは女性に付される名前(例:シャロン・ストーン)になってしまう。聞き取りが難しいかもしれないが、確かに「シャイロン(Chiron)」と発音されている。名前をいじる文化というものは存在するので、女性的な名前の子は対象になるだろうし、人格形成への影響がずいぶん大きくなるだろう。特に『ムーンライト』では「シャイロン」は「オカマ(faggot)」といじられており、名前が「シャロン」という女性的なものだったら、加えていじめに利用されただろうと考えられる。この点からわたしも疑問を抱き、配給会社には申し訳ないが、「シャロン」が正しいとは言えないのでこの記事でも使用を避けた。

本作では色調のトーン管理が徹底されており、目を引く。マイアミの熱のなか黒人たちの肌は照り、湿度を帯びて見える一方で、タイトルにもなった肌を青く見せる月下のシーンでは、詩情を誘う。その鮮やかさは、人生の一回性を味わう青春の輝きにも見えるし、だからこその侘しさにも見える。

要所で流れる音楽もすばらしく、過剰にドラマの偏りを演出するのではなく、不安定な感情の襞を、適切な奇妙さで彩っていた。これらはいずれも、劇場の大きな画面と優れた音響で味わうべきものだと思う。

本作の後半でも、同性間の接触が描かれているけれど、その様子は少年時代に戻ったようにも見えながら、大人になったからこその探り合いがひりひりと貼りついてもいる。こうした多層性は、観る側ひとりひとりがどういう価値観を持って解釈するか問われるし、懐が深いとも言える。「ゲイのラブストーリー」というような矮小化された仰々しさはなく、実にさりげなくて、様々な観客を包み込んでくれるよう。

『ムーンライト』は、一人の黒人を追ったシンプルなストーリーに複雑さが内包された、とても美しい傑作だ。
鈴木みのり

ムーンライト
3月31日(金)、TOHOシネマズシャンテ他にて全国公開
監督/脚本:バリー・ジェンキンス 原案:タレル・アルバン・マクレイニー
出演:トレヴァンテ・ローズ、ジャハール・ジェローム、アシュトン・サンダース、ナオミ・ハリス、マハーシャラ・アリ、ジャネール・モネイ
配給/宣伝:ファントム・フィルム
2016年/アメリカ/英語/111分/カラー/シネスコ/原題:MOONLIGHT

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