自分探しのために「娼婦は女神」「タイは楽園」と消費しない、知的で誠実な映画『バンコクナイツ』の魅力/鈴木みのり×ハン・トンヒョン

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「配慮した」のではなく、「そう思ったから」が生んだ誠実さ

ハン ベタなんですけど……撮影中の風景とか、役者とスタッフの会話とか、制作の裏側を流していたエンドロールに一番感動しました。ラックを演じたスベンジャ・ポンコンが最後に花束を渡されて照れていたり、現場の様子が楽しそうだったり。嫌いな人は嫌いなんだろうけど、この映画には必要だったと思うんです。悪しきエクスキューズではないかたちで、空族の誠実さがよくわかる映像でした。

鈴木 あのエンドロールはいいですよね。あれを見ると作品がドキュメンタリードラマとして作られたようにも思えてきますよね。

ハン 私は、空族は知的なフィールドワーカーだと思いました。現地の人たちときちんと関係を構築して、しっかり調査もして、でもそこに甘えずに適切な距離感が取れている。そのうえで、このような映画を作ることができたと思うんです。

鈴木 誰だって自分の職場に踏み込まれるだけでも警戒しますよね。その上セックスワークという、プライベートを切り売りしているような仕事ですから、そんな簡単に見せられるようなものじゃない。でも空族がそこに入れたのは、現地の人たちとちゃんと人として関わって、誠実に接していったからだと思います。オザワを演じる富田監督はバンコクに1年住んだそうなので、ある程度タイ語は話せるでしょうし通訳が入ったとしても、やっぱり外国語を話す一般人らを、ああいう風に生き生きと映画の中に存在させるには信頼関係が必要です。

ハン 『バンコクナイツ』に感じる誠実さって、個人的にはアーティスト集団のChim↑Pomの作品づくりに感じることと重なるんですよ。最近、ARTiTに載っていた Chim↑Pomの卯城竜太さんのインタビューを読んだのですが、両者に共通して感じる誠実さの源は、インディペンデントでやっていることにあるのかもしれないと思いました。Chim↑Pomは公共の資金や美術館に頼らず、インディペンデントで作品制作を続けています。最近のソーシャリー・エンゲージド・アートと言われるようなタイプの作品は、地域や対象となる問題にコミットしてそこにかかわる人びととじっくり、きちんとコミュニケーションをしないといい作品にならないから、むしろインディペンデントの方が誠実な作品になる、ということが起きているんだな、と。インディペンデントと言っても野放図で自分勝手なのではなく、むしろ他者に対して誠実になっているというところに、空族と重なる部分を感じました。インディペンデントで、誰の指図も受けずにタイに滞在し続けて、きちんと向き合ったからこそ、タイの女性たちを周辺化しない作品を作ることができた。誰かに文句を言われるから、タイの女性たちを周辺化しなかったんじゃない。

鈴木 「自分たちがそう思ったから」ですよね。

ハン たぶん、そうだと思います。インディペンデントだから、お金もないし大変だろうけど、その代わりに締切もなくてコミュニケーションがしっかり取れる。自分たちで何らかの答えを見つけるまで続けることができる。結果的にその方が誠実になっているというのは、今の時代っぽくて、とても面白いことだと思いました。

鈴木 知識をひけらかそうと思ったらいくらでも出来るような映画ですよね。1950〜70年代のベトナム戦争がアジア諸国に与えた影響や、タニヤ通りに限らず、映画では描かれていないけれどナーナやアソックのソイカウボーイといった、バンコクで歓楽街として名高いエリアが生まれた背景については、パンフレットでリサーチの成果として読むことができてとてもおもしろい。でもそういった情報を無理やり入れてなくて、例えばラックの異父弟は、元アメリカ軍人とのあいだに生まれていて、そんな感じで背景にしかおいてない。ほのめかす程度に留めて、観客に対して余白を残していました。

ハン でも「なんだろう?」って気になるように、いろいろなものを投げてきていましたよね。

鈴木 ハンさんが言及されていた、謎の幽霊の描き方もユーモラスだったし、フィクションとしてわきまえているというか、映画表現として楽しませてくれるのが本作のいいところなんだと思います。女性映画とも言えると思うので、ぜひwezzy読者にも観てもらいたいですね。
(構成/カネコアキラ)

■鈴木みのり
1982年高知県生まれ。集英社『週刊プレイボーイ』編集者にナンパされ、2012年より雑誌などに記事を寄稿しはじめる。2017年より『週刊金曜日』書評委員を担当。第50回ギャラクシー賞奨励賞受賞(上期)ドキュメンタリー番組に出演、企画・制作進行協力。利賀演劇人コンクール2016年奨励賞受賞作品に主演、衣装、演出協力などを担当。2012年よりタイ・バンコクでSRSを受けるMtFを取材中。

■ハン・トンヒョン(韓東賢)
日本映画大学准教授(社会学)。1968年東京生まれ。専門はナショナリズムとエスニシティ、マイノリティ・マジョリ ティの関係やアイデンティティなど。主なフィールドは在日コリアンを中心とした在日外国人問題。著書に『チマ・チョゴリ制服の民族誌(エスノグラフィー)― その誕生と朝鮮学校の女性たち』、共著に『平成史【増補新版】』、『社会の芸術/芸術という社会―社会とアートの関係、その再創造に向けて』など。

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