「一人っ子は可哀想」? 兄弟構成で幸福度は変化するのか

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そりゃ、少子化と言われる現代だって「一人っ子」の割合の方が少ないのだから、兄弟がいるほうがいわゆる「マジョリティー」なのだろうが、「可哀想だ」と発言する人が兄弟が居る場合、自身が「一人っ子」としての人生を経験してないのにどうして軽々にそんなことが言えるのだろう? と強く疑問に思う。

自身が兄弟がいる中で育って、その結果、良い大人になれたという自負があるのだとしても、まるで経験していないことを「可哀想」でまとめるのは違うだろう。だからこそ、安易にこのような否定を他人に浴びせることは、よくあるシーンながら、なんて自己中心的な主張だろうと思う。

少なくとも一人っ子の私は、兄弟がいる人のことを「親の愛情を独り占めできなくて可哀想」とは思わない。兄弟がいたらいたで、同じ目線での遊びを覚えたり切磋琢磨したり、協調性も芽生えてくるかもしれないし、良いことだってたくさんあるだろうと思うからだ。

「先輩ママ宅訪問は地獄だった」の“先輩ママ”ことY(2児の母)とのやり取りはこんな感じだった。二人目が考えられない私はその理由として、「今はまたお腹を切ることがおぞましくて考えたくもない」ことを伝えたのだが、Yは首を傾げていた。

「一人目産んだときは痛くてみんなそう言うんだよね~。でも、二人目だって産んじゃえばゼッタイ可愛いのに~」と、お馴染みの“Aちゃんはまだまだねアピール”だったわけだが、自分だってそうだったのなら、産後1年にも満たない私のこともそっとしておいてほしかった。

出産への恐怖以外にも、二人目を躊躇する理由はある。

息子はこれから1歳、2歳……と、目を見張るほどの成長を遂げるだろう。長い人生で、こんなにも大きな進化を遂げる時代はないと思う。しかし二人目を妊娠したとすれば、息子が日々大きな成長を遂げている中で、自分はつわりに悶え、身重(みおも)ゆえ息子と全力で遊べず、産まれたら産まれたで新生児の世話でいっぱいいっぱいになってしまうだろうと思った。

世の中には、それらのことを全て背負いながらも、数人の子供たちをちゃんと世話している母親だってたくさんいる。要はそれが向いてるか向いてないかの話で、私には不向きだと思ったのだ。少なくとも得意ではないことが容易に予想できている。

今は息子に一喜一憂していたい。他のことは考えたくない。一つだけ、二人目妊娠に前向きになれる点があるとするならば、「お兄ちゃん」になった息子を見てみたいという点だ。

これらのことも踏まえ、数年以内にどちらの感情が勝ることとなるのか、また息子が小学生になり子育ても落ち着いた頃に……と考えるとしてもその頃私は40歳だし、現実的に懐妊できるか不明である。妊娠してもお腹の中で育ち、無事に産まれる可能性は、30代前半の頃よりは低いとされている。

私には私なりの考えや、それに沿う計画があり、「今は二人目を考えられない」理由がある。やみくもに「もう痛い思いしたくないからヤダ!」と言ってるわけではない(もちろん痛いからイヤだ! だけでもちゃんとした理由だと思うが)。

それでもYは意に介さず、こう言った。

「〇〇ちゃん(息子)がかわいそうだよ~!」

Y自身が3人姉妹で育ったからなのか、現在2人の子育てをしているがゆえの発想なのかは分からないが、少なくともYは、一人っ子で育った私の思いも、ただ一人の子供を見つめながら子育てしていく喜びも知らないはずだ。であるのにも関わらず、「兄弟がいないと可哀想」と断定できてしまうところに、かなりの無神経さを感じる。「兄弟がいる=ポジティブ」・「一人っ子=ネガティブ」という何とも薄っぺらい、それでいて根深い認識を、Yは持っている。

でもよくよく考えてみてほしい。自問自答を経ずに「こうしたほうがいいはず」という誰かの価値観に乗っかって行動することの危うさを。親だってそれぞれ自分なりの考えを持って然るべきなのだ。

なんとなく主流の価値観に乗り、「二人目を……」と臨んでも授かることができなかったら、「一人っ子にしてしまった……可哀想……」というネガティブな捉え方をしてしまうかもしれない。自分は、自分の子供にとっては、家族にとっては、どうすることが適しているのか。周りに左右されずに見極めることが大切だと思う。

当たり前のことを言うようだが、人格は兄弟構成で決まるものでは決してない。むしろ、「兄弟構成」へのプラスイメージ、マイナスイメージによって親が子に与える影響の方が大きいような気もする。

私が今後二人目を授かることになるかは、未だに不明だ。本当にまっさらな状態であり、具体的な計画をする段階にも至らない。

ただ、このまま息子一人を育てていく未来であったとしても、二人の子育てをすることになったとしても、そこには私の意思が絶対的に存在するだろう。どういう教育をしていくのか、子とどう向き合い、親としての生活をどう楽しんでいくのか、長い年月をかけて(といっても5年程度だけど)考えると思う。

初産を終えた母親に「二人目はぁ~?」と問うケースは、ただのテンプレというか時候の挨拶のようなものであるのだろうが、実の両親や義理の両親の「もっと孫がほしい」願望により切実に投げかけられるパターンもよく聞く話だ。

しかしまず第一に、出産とは命がけで行う人生の大仕事。産後1年や2年そこらじゃ本当の回復(身体も精神も)なんてできていないだろうし、そんな中での「次! 次!」発言は母親に取って非常に荷が重い。手がかかる幼い我が子の育児真っ只中で、そんな余裕だってなかなか芽生えないだろう。

経済的理由などから母親も早い段階で社会復帰するケースも多く、家事と仕事を両立させながら子育てもしていかなくてはならないともなれば、少なくとも「はい次! はい次!」並に簡単なことではない。

また、複数の子を持つ母親が友人に「〇〇ちゃんも、二人目産んじゃえばなんてことないよ~」となどと要らぬアドバイスをドヤ顔で投げかけるのも、余計なお世話だ。子は持てば持つほど勝ち組だ、みたいなエリート意識に似たような誇りを持つ女性もいるだろうが、私には理解できない。

子はいればいるほど素晴らしいという考えには賛同できないし、子が一人だろうが五人だろうが、そもそも子を持とうが持つまいが、“どういう人生を送っていきたいか”を誰しもが選択できる。誰のためでもない、当人の責任ある選択をすることが、広く許容されてほしい。

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