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知識を手にすれば、他者を傷つけずにすむ。『LGBTを読みとく』著者・森山至貴氏インタビュー

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北村 ここで偏見をなくすのに重要なのは、単に知識を出すだけではなく、そこから自分でいろいろと考えてもらうこと、そして現実に生きている人たちのことを想像してもらうことではないかと私は考えています。こういう思考力と想像力の問題について、たとえば森山さんであれば、この本を読み終わった人に何を考えてもらいたい、あるいはどういうところに想像力を使ってほしいと思いますか?

森山 想像力とか思考力については、たぶん知識にもうちょっと何かを積み増すことによって、差別が少なくなったり、人と人とがスムーズにやりとりしたりできるようになるのではないかということだろうと思います。これはそのとおりだと思いますね。

本の中でも触れているように、知識があるからこの人のことがわかった、この人に対応できる、というような過信に対しては、想像力でブレーキをかけてほしいなと思っています。何についてでも「これで全部がわかった」なんていうことはないので、考え続けないといけないんですね。終わらないプロセスになるので、ちょっとげんなりするかもしれませんが。それでも、この本の内容で全てだと思ってしまうような思い込みは解除してほしいですね。この本は「はじめの1冊」でしかないんです。

北村 それこそ「無知の知」、自分がよく知らないのだということを理解するところから知がはじまるという、古代ギリシア哲学以来、人間が直面してきた課題ですね。

――関心を持たない人にはどうアプローチすればよいのでしょう? 関心のない人は、能動的に知識を得ようとしたり、想像力を働かせようとはなかなか思わないと思います。

森山 最初から聞く耳を持たない人に聞く耳を持たせようとする必要は本当にあるんでしょうか。「LGBTマジ無理」っていう人を心替わりさせるほうに労力を割くよりも、なんかよくわからないけど差別したり傷つけたりしちゃいけないんじゃないかな……っていう人をこっち側に振り向かせるために労力を割いたほうがいいんじゃないかと思っています。関心が無い人に関心を持ってほしいと思うのは、傷つける側の論理を不必要に認めているというか、そちら側に媚びているというか、その時点で何かの罠にひっかかっているんじゃないかという感覚がありますね。

ただこれは私が教師だから感じることかもしれません。何百人もの学生を相手にしているので、1人1人を心替わりさせようとかは思わないんですよね。授業をする際には、心替わりが目的ではなくて、場全体が風通しの良いルールによって成り立つよう見守ったり、あるいはそのルールを決めたりするという発想になるんです。それに学生全員を心替わりさせようとするのは越権行為かな、と。それよりも、こういうルールに従うとお互いのやりとりがうまくいきますとか、人を傷つけずにすみますみたいなところに照準を合わせたほうがいいのかなと思っています。

北村 すごくよくわかります。ただ、それはたぶん私たちが教師だからそう考えるのであって、政治家だったらそうは考えないだろうという気もします。政治家だと有権者や他の議員を説得するため選挙活動やロビー活動をしないといけないから、反対の意見を持つ人を説得しようという発想もあるんじゃないかな……。

森山 一方で私には、人々が心替わりをしなければダメだろうという直感もすごくあるんです。心替わりを求めることの暴力性とか不可能性があると同時に、心替わりしてもらわないとどうにもならないだろうという感覚を私自身も抱えているし、皆も抱えているんじゃないかと思います。心の中に偏見があってもそれを外に出さないでくれれば別にいいから、と割り切れない自分もいます。だからこういう本を書いて、うっかり手にとって、うっかり心変わりしてくれる人がいることを期待している部分もあります。

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