連載

「エロ」は「反応描写」がなければ成立しない/『愛してるぜベイべ★★』槙ようこ

【この記事のキーワード】

無理矢理のキスは暴力である

 現実の育児に直面している立場から言わせてもらえれば、片倉家の面々は結構ありえない。まず、父親が死に、母親が自分を置いて失踪したという状況のゆずゆには、普通以上のケアが必要なわけだが、そこでド素人の高校生・結平にケア役割を丸投げするというのは、物語をつくるうえでは必要でも、やっぱり違和感が強かった。それに、ゆずゆはすぐ一人になる。家の中でも(片倉家は広めの一軒家)、一人で「ちょっと待っててね」に素直に従える子だ。一人で外出しようと試みたりもする。5歳児で幼稚園の年長クラスゆえ、いろいろと分別のつく年頃ではあると思うが、逆に「小学校進学直前の子」として見ると「幼すぎやしないか……?」と思ってしまうところもある。そんな違和感はいったん脇に置き、まずは結平のキャラクターを見ていく。

 前述のように結平は、気さくなイケメンであり、モテる。しかしスーパーマンではないし、ものすごく正義感が強いわけでもないし、自信と誇りに満ち溢れているわけでもないし、カリスマ性を備えているわけでもない。ただ単純で純粋で自由、先入観や邪念を持たない天真爛漫な人物だ。女友達が「結平って人を傷つけることを言わないんだよね」と結平がモテる理由を評価するシーンもある。一方で、モテはするのだが「結平とは本気では付き合いたくない」との声も女友達から溢れている。なぜなのか。物語途中で結平とクラスメイトが“本気で付き合う”ことになるのだが、その交際経過を追うと、なんとなく理由がわかってくる。結平は自己中心的な性格ではないが、とりたてて誰かを説く別扱いすることもなく、それは「彼氏彼女の関係」を求める10代女子にとっては残酷なのだ。

 その結平と“本気で付き合う”女子が、本作のもうひとりのヒロイン・徳永心(とくなが・こころ)。性格はクールでツンデレ。幼い頃に母を亡くしていて、作中では父の再婚がきっかけでひとり暮らしをはじめ、孤独を募らせている。結平は心のことを気にしながらもゆずゆの面倒に明け暮れて、夏休み中、心への連絡を完全に忘れて(嘘だろ!?)彼女を傷つけてしまう。最初はゆずゆも心に嫉妬していたため、結平はしばしば板挟みになった。心とイチャついていたせいで幼稚園のお迎えに遅刻して以降、結平はなるべくゆずゆを優先しなければと自制していることもあって、彼らは普通の「彼氏彼女の関係」のように放課後デートを楽しむ描写もない。

 とはいえ、結平と心は校内では人前でも構わず度々いちゃついているし、校内キスシーンも多い。付き合いたてなのに、校内の人気のない階段でセックスしそうになっていたりもする(興奮は全く伝わってこない、淡々とした描写だが)。この辺りは、90年代作品に比べてカジュアルな描かれ方のように思う。恋人同士のスキンシップを“いけないもの”“いやらしいもの”と捉えることはなく、かといって“ものすごく特別で甘いもの”と過剰に憧れを煽るでもなく、“好きだからするもの”といったところ。また、“愛を確かめ合うため”にするだけじゃなく、“仲直りの手段として”“相手の機嫌を取りたくて”“相手の不安を埋めるため”にキスしたり。

 本作はキスだけでなく、ちゃんとその先まで進む。セックスするのだ。修学旅行中という刺激の強いシチュエーションで、しかも先生にバレて反省文を書く(先生は「そういう行為を悪いことだとは言わんよ でも修学旅行中に風紀を乱したということが悪いことだというのはわかるな?」と諭す)。90年代作品のほとんどは、セックスなし(あるいは未遂)、そこはぼかしたまま最終回を迎えていたが、そこをぼかすことをしなかった。さらには、心に妊娠疑惑が持ち上がる。セックスからの妊娠疑惑(セックスをすれば妊娠することがあるのだと明確に描いた)という展開は、しかし本筋である「ゆずゆ育児」問題からは外れるため、あくまでサラリと描かれている印象だ。前出『ご近所物語』でも主人公カップルのセックス、友人の妊娠退学はあったが、そっちは一大事として描かれていたことと比較すると、槙ようこはライトだと思う。ちなみに「妊娠したかも」と思った心が最初に打ち明けたのは結平ではなく女友達で、「こんなことで嫌われたくないんだよ…」と結平にはなかなか言い出せない。女友達が発する「なんでだろ…うちらの歳って一発殴られなきゃ現実に気づけないの」という台詞はリアリティがある。

 また、心に一方的に想いを寄せる野球部男子とのやりとりも、興味深い描かれ方をしている。心は孤独な子だが、誰でもいいから身を任せたいなどとは思っていない。あくまでも「結平がいい」から結平と付き合っている。だから、野球部男子に告白されても感情が動かないし、むしろ自分がモノ扱いされているようで「怖い」と感じる。無理矢理のキスは「好き」を伝える手段であっても暴力であり、人を恐怖に陥れるのだと描く場面もあり、「性」にまつわる諸問題に比較的深く突っ込んだ作品という読み方も可能だ。作風としてはライトだからこそ、読者の性や性暴力の認識にさりげなく影響を与えているかもしれない。

1 2 3

「いいね!」「フォロー」をクリックすると、SNSのタイムラインで最新記事が確認できます。