社会

なぜ「若いうちに産んだほうがいいよ」と言ってはいけないか/『文科省/高校「妊活」教材の嘘』

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間違いだらけの教材に、不信感が募る

 高校保健体育の副教材『健康な生活を送るために(平成27年度版)』は、後述するイデオロギーの問題だけでなく、ミスが非常に多いものだった。

 まず「女性の妊娠のしやすさの年齢による変化」グラフは、女性は22歳をピークに妊娠しやすさが低下すると示していたが、出典をたどると明らかに不適切な曲線の改ざんがなされていることがわかった。

 のみならず、これは女性が各年齢で結婚期間や相手の年齢にかかわらず子供を産む能力(妊孕力)を求めようとしているものではなく、妊娠する可能性のある女性について一カ月以内に妊娠する確率がどれだけあるかを求める(結婚期間等の影響を取り除いていない)ものだ。

 かつ、半世紀以上前のデータであるが、それを隠して、新しい研究成果であるかのように出典が示されている。つまり信用に値するグラフではなかったということだ。

 にもかかわらず当該グラフは、今回の副教材より以前から、産婦人科界隈の一部や厚生労働省の広報制作物で繰り返し使用され“定番アイテム”と化していたこともわかった。誰も誤りに気付かなかったのか、それとも意図的な改ざんだったのだろうか。

 また、「子供はどのような存在か」なるグラフの数値は間違っているし、「不妊で悩む人が増加している」という見出しで掲載されたグラフも誤り。

 さらに、「日本の若者は生殖知識が不足している」(=だから若いうちに産まないのではないか)という説の根拠として内閣府少子化危機突破タスクフォースが利用した「スターティング・ファミリーズ」調査という国際比較調査の結果もまた、信頼度の低いものであった。

 この調査は、まず英語版の質問文が作成されたのちに12言語(日本語版を含む)に翻訳され各国で実施されたものだが、翻訳の精度等に問題があり、英語との文法的・語彙的な共通性の低い言語が使われている国では軒並み正答率が低くなっている。

 また、国ごとに対象者の抽出方法も異なり、社会調査パネルを使った国と、不妊関連サイトなどからのオンライン調査・不妊治療クリニックに通院する人に回答させた国とでは後者の調査結果の方が妊娠リテラシーが高くなるのは必然である。

 そもそも調査のスポンサーである製薬会社(不妊症の治療薬も開発・販売している)がプレスリリースで調査結果について「必ずしもその国を代表するものではありません」と注意書きしているのに、日本の国会ではあたかも「日本人の妊娠リテラシーは低い」ことを示すものとして議論の根拠にされた。

 国会だけではない。産婦人科団体は積極的にこの調査結果を利用して「日本人の妊娠リテラシーは低い」と煽ってきた。専門家たちが、質の低い調査を精査せず、あるいは問題点を把握しながら悪利用する形で、お墨付きを与えてきたのである。こうしたデータの誤りや不適切な使用を、丁寧に明らかにしていく本書の執筆陣には頭が下がる。

 アカデミックな業界に籍を置かない人間(の一部ではあると思うが)は、専門家(研究者)が調査し提示したデータや学会発表はすべて無条件に信用できる、と誤解している節があるように思う(評者自身も……自戒を込めて)。しかしそのデータがどのような文脈で利用されているか、本当は注意深く見なければいけない。たとえば『ためしてガッテン』『ホンマでっか!?TV』のようなバラエティ番組も、“わかりやすい演出”が加えられた恣意的な制作物だ。

 さらに政府や省庁が公開する資料もまた、受け取り手は無条件に「正しいデータで作成されている」と認識してしまいがちだ。だが今回の副教材には、前述のように複数の間違いがあり、制作過程におけるチェック体制が機能していないことがはっきりしてしまっている。決して「高校生にもわかりやすいようにグラフを整えてあげました~」というレベルの話ではない。

 そして単純なミスだけでなく、イデオロギー的問題も孕んでいる。<人生のいろいろな可能性や選択肢がある10代の女性に対して、結婚・妊娠・出産をしたほうがいい、それもなるべく早く――そう誘導しようとした>(p162)のだ。このような誘導によって若い世代にそうしたライフスタイルが模範的なものと刷り込まれ、あるはずだった彼ら彼女らの可能性・選択肢が失われていく。教育機関にあるまじきことだ。

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