社会

なぜ「若いうちに産んだほうがいいよ」と言ってはいけないか/『文科省/高校「妊活」教材の嘘』

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なぜ誘導してはいけないのか

けれども一方で、「それのどこが悪いの?」と思う人もいるんじゃないか。しかも、たくさんいるんじゃないか。評者は、まったく邪気なく「女の子は若いうちに産んだほうがいいんだよ」と考え、若い女子にそう伝える大人はとてもたくさんいるだろうと思っている。

「産めない年齢になってから後悔しても遅いんだよ」「老後が淋しいよ」と、女性個人のためを装った言葉から、「女性なのに産まないなんてもったいない」「孫の顔が見たい」といった具合の押しつけ、さらに直接的に若者にこう言いはしないだろうが、「少子化で国が大変になるのに産まないなんて」「今の若い人はわがまま」「甘えている」……。そんなふうにうっすら思っている“大人”たち、身の回りにいないだろうか? そうした無意識の集合が、若い女性への“産めよ増やせよ”圧力になっていく。しかもその圧力をかける側は、ほぼ善意のつもりでいる。女性個人への善意、社会への善意。これが非常に厄介だと思う。

産む産まないは個人の権利。産まない選択もひとつの権利で、産まない選択をする成人女性が増加して日本の若者人口がいっそう減少したとしても、女性に「国のために産んでほしい」などとは口が裂けても言ってはならない。同様に、女性との間に子を持つ選択をしない男性にも、強要してはいけない。なぜなら「どう生きるか」を決めるのはその人だからだ。しかし高校保健体育の副教材『健康な生活を送るために(平成27年度版)』は、ワンパターンな人生設計しか見せようとしない。子供を産まない選択があることは教えてくれない。そのことが性的マイノリティをはじめ、いわゆる「男・女・子」の家族設計を持たない児童に対して苦痛を与えることは想像に難くない。

また、どう生きるかの想像をごく狭い範囲に限定させ、若い世代の可能性の芽を摘み取っていては、結局日本の経済成長も望めないだろう。この副教材は「幸せな生涯」を規定し、10代の選択肢と多様性を奪っている。

誰しも第三者が踏み込んではいけない領域がある

63日に東京・神谷町の東京麻布台セミナーハウスで、『文科省/高校「妊活」教材の嘘』出版記念シンポジウムが開かれた。同書の編者であり青山学院大学・慶應義塾大学等で非常勤講師を務める西山千恵子さんは、「でも(出産適齢期の)知識は必要でしょう?」という声にどう応じればいいのか触れた。いわく、性行為やわいせつ発言については“セクハラ”だが、同じようにプライベートな話題であるにもかかわらず結婚・妊娠・出産については踏み込んで良いという共通認識が社会にある。「生殖ハラスメント」という概念を流通させ「それは他人が踏み込んではいけない領域なのだ」と浸透させていくことが必要ではないか、という。

そのとおりで、この副教材にしろ、官製婚活にしろ、結婚や出産というごくごく私的な領域に第三者がズケズケと踏み込むことをこの社会は容認している。他方、育児や介護に関しては「家庭でカバー」することが望ましいというダブルスタンダードだ。産め、増やせ、産まないとつらいぞ、老後が孤独だぞ、淋しいぞ、貧乏になるぞ……様々な方向からの脅しが私たちを蝕む。

しかし10代という未知の可能性を持つ世代の人々にもっとも大事な保健体育の知識は、「自分の体も、相手の体も大切に」ということではないだろうか。少なくとも「大切にするとはどういうことか」を知ること。すると自ずから、「プライベートな領域について、第三者に抑圧されるべきでない」ことに気付けるだろう。生まれながらにして、自分はその権利を持っている。押し付けられても拒絶することができるし、自分で判断して良いのだ。そのことに気付かれては、困るのだろうか?

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