刑務所で出産・育児~『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』のリアリティを覆せ

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刑務所での出産と子育て

 こうした理由から、出産後は刑務所内で母親に子を育てさせるシステムを持つ刑務所がある。そのパイオニアがニューヨークのマンハッタンから車で1時間の距離にあるベッドフォード女子刑務所だ。ベッドフォードでは受刑者が子を生むと通常1年、その時点で母親の出所が6カ月以内であれば出所まで、母子が共に暮らせる。刑務所内の一翼を母子専用とし、母子は一般の受刑者と離れて暮す。母子はベビーベッド、ベビー用品のための小さな棚、母親用の簡素なベッドだけの個室を与えられる。部屋は狭いが清潔だ。母親は受刑者用の質素なユニフォーム着用だが、赤ちゃんはごく普通のカラフルなベビー服を着ており、オモチャや育児用品もあるため、窓に格子が嵌められていることを除けば刑務所には見えない。

 ベッドフォードには常時30~35人程度の子育て受刑者がおり、壁に可愛い絵が描かれ、たくさんのオモチャを備えた広いプレイルームがある。受刑者は赤ちゃんをベビーストローラーに乗せて個室、プレイルーム、医務室などを移動する。子育て中の受刑者は所内の割り当て作業時間以外は赤ちゃんと過ごし、母乳も与える。育児教室への参加は必須で、2週間に一度、医師が訪れて赤ちゃんの健康診断を行うため、女性刑務官が「私の子だって、ここまで面倒みてもらえてないわよ」と冗談を言う。

 だからこそ出所直後の母親が大変な思いをするケースもある。所内では生活のスケジュールや子育ての手順が決められており、かつ全てが“徒歩圏内”にある。子供のために「自分で何かを決断する」「どこかへ出掛ける」必要がない。ところが出所後は「熱っぽいけど風邪? 病院に連れて行くべき?」「私が働く間、子供はどこに預けるの? 託児所? 私の母? この子の父親?」など、いきなり全てを自分で決め、行動しなければならない。

 それでも母子の繋がりは十分に出来ている。これは子供の発育に貢献するだけでなく、母親の更生への大きな動機にもなる。行政支出についても「元は取れる」と専門家は言う。子供1人を1年間刑務所で育てると2.4万ドルかかる。しかし産後に刑務所で子供と暮した母親が後に再犯で刑務所に戻る率は他の受刑者より低い。受刑者1人にかかる費用が年間3万ドルであることから、結局は歳出削減となる。加えて、母親から引き離した子供が里子になる場合の大きな支出(里親への助成金)も防げる。

「お母さんが刑務所にいる」子供たち

 刑務所での出産はせずとも、女性受刑者の3分の2に未成年の子供がいる。受刑者には低所得者が多く、低所得者は一般的に子だくさんでもある。したがって一人の母親が刑務所に入ると、何人もの子供が母親と別れて暮すことになる。女性受刑者22万人の3分の2は15万人。彼女たちの子供の人数についてのデータはないが、仮に平均2人としても全米で30万人の子供の母親が刑務所にいることになる。

 子供が幼い場合は事情が理解出来ず、ひたすらに母親を恋しがり、しかし母親との絆を断ち切られてしまうこともある。ある程度以上の年齢であれば淋しさだけでなく、「母親が刑務所にいる」ことが社会的なトラウマにもなる。ちなみに全米の男性受刑者は200万人を超えており、「父親が刑務所にいる」子供の数は膨大だ。

 こうした事態を憂慮した教育者により、アメリカでは「親が刑務所にいる子供」を主人公にした絵本が何種類も出されている。子供に少しでも事態を理解させると同時に気持ちを落ち着かせ、親との良い関係を続けさせるための努力だ。

 ベッドフォード女子刑務所でも同様の試みがなされている。通常の面会日とは別に月に一度、母子面会日を設けている。その日はプレイルームに母子が集まる。受刑者は刑務所のお仕着せではなく「普通の服」を着、普段は禁止されているメイクも施し、「普通のお母さん」の姿で子供との時間を過ごす。子供も遠慮なくお母さんに抱き付き、小さな子なら一緒に遊び、年長の子たちは日頃の出来事などを話す。子供たちへのワークショップも開催している。ある調査では、親が刑務所にいる子供はなんらかの問題を抱える率が高いと出ている。子供たちは「お母さんが刑務所にいる」ことの淋しさを耐え、日常生活での具体的な不利・不便を乗り越える術を身に付けなければならないのだ。

 このように子供と母親、引いては社会のための貴重な努力がベッドフォード女子刑務所では為されているが、非常に残念なことにアメリカでは刑務所内の育児を認めているのはごくわずかの刑務所に過ぎない。『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』のマリアの体験は現実に則しているのである。

 実のところ、世界中の多くの国が刑務所で出産した女性の所内育児を法で認めている。日本も最長1年6カ月まで刑務所内で新生児の育児が出来ることとなっている。ところが世界最大の刑務所王国アメリカでは、法の整備が為されていない。毎年2,000組の母子が、赤ちゃんの誕生の瞬間に引き離されてしまっているのだ。
(堂本かおる)

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