『ミュージックマガジン』2017年6月号の特集は、日本のヒップホップ・アルバム・ベスト100だった。
市井のファンも含めた識者31人が、投票形式でベストアルバムを選出するという企画だ。老舗音楽雑誌での企画と言うこともあり、日本語ラップファンの間でそれなりに注目を集めたこの企画では、あることが指摘されている。それはベスト100の中に女性アーティストのアルバムが1枚も入らなかったという点である。また選者の中にも女性は渡辺志保ひとりしか入っていない。
もちろん、2016年からヒップホップを聴き始めた私が、これのみをもって日本語ラップの歴史について語るのは早計だろう。しかし、実際のところアーティストの母数にしろ、リリース数にしろ、日本語ラップにおける女性の存在感はあまりにも小さいように思える。これは個別のアーティストの力量の問題というより、単純にプレイヤーとしてヒップホップの場に参加する女性が圧倒的に少なかったことがを大きな要因のひとつと考えていいだろう。
決して一面的でない女性ラッパーたち
2017年1月29日に開催された日本初の女性のみのMCバトルイベント「シンデレラMCバトル」は、こうした日本語ラップ界の状況を可視化させたイベントと言える。
2012年の高校生ラップ選手権、2015年から放送中のTV番組『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日系)によって生じたMCバトルブームを受けて開催されたこの大会は、AbemaTVでの中継や、モデルプレス、音楽ナタリーの取材など、多くのメディアが参入し、高い注目を浴びることとなった。
ビートに乗せて即興で互いを罵倒し合うMCバトルは、どんな芸能より参入障壁が低い。おおよそどんな芸能でも、ステージに立とうと思えば練習はもちろん、コネや資金も含め投資が必要になる。でも、MCバトルは小さな大会であればとりあえず数千円でステージに立てるし、時には全くの素人でもウケさえすれば歓声を浴びることが出来る。そんな芸能はほかになかなかないだろう。
こうした気軽さも手伝い、大きなムーブメントとなったMCバトル。当然その波は女性たちにも届く。これまでラップに興味のなかった多くの層が、ある人は観客として、ある人は演者としてヒップホップ文化に参入することになった。シンデレラMCバトルは、そうした波を象徴するイベントの一つだ。
同イベントは古くは2007年からMCバトルイベントを手がけ、今ではシーンの中で重要な位置を占めるMCBATTLEと、芸能プロダクションとしてアイドル・グラビア分野で一定の実績を誇るプラチナムプロダクションが運営。
参加ラッパーは総勢17名。オーディションを勝ち上がったラッパー12名、シード枠の選抜ラッパー5名という内訳だ。中にはすでにラッパーとしてのキャリアのあるものもいれば、つい数カ月前にマイクを握ったばかりのものもいた。
1月29日CINDERELLA MCBATTLE Vol.1予選通過13人発表!
1月29日CINDERELLA MCBATTLE Vol.1シード5人発表!
結論として、このイベントはいくつかの大きな成果を得た。
ひとつは、女性ラッパーが注目を浴びるきっかけとなり、その多様性がクローズアップされたことだ。
中でもバトルによってその魅力を発揮し、観客を刮目させたのはMC Mystie、FUZIKO(S7ICKCHICKs)、そして、優勝者であるあっこゴリラだろう。
15歳で渡米し、本場のブラックミュージックを学び、高い歌唱力を武器にあらゆるジャンルの歌を歌いこなすMC Mystie。年齢43歳、ステージに袴姿で登場した彼女は、このバトルの後にツイッターで「私達は女です。言葉で破壊する事よりも、言霊で創造する事が相応しいと心底思いそれを貫きました。今回一番のギフトは素敵ガールズ達に出逢えた事。みんなありがとう♡ また長生きしたい理由と夢が増えました! また会おうね♡」と書いている。
その言葉にふさわしく、今回のバトルにおいて彼女のラップは相手をおとしめたり揶揄したりというポピュラーな戦法をとらず、自身の哲学を語ることに徹していた。
FUZIKOとのバトルで出た「ヒップホップは常に新しいことをし続けること 私たちが常にフレッシュでなくてはならない あなたとならどんな新しいことも生み出せる そのクリエイションにアイジャストドゥ」というラインは、彼女とFUZIKOとのバトルだからこそ出た言葉だろう。この両者のバトルは「愛」「音楽」「宇宙」「自然」という言葉が往復する、バトルと言うよりセッションに近いものになっていた。
また、S7ICKCHICKsのメンバーとしてすでに音楽家として一定の評価を得ていたFUZIKOは、そのたたずまいの不適敵さや韻のたしかさ、そして聴き取りやすく安定したラップで、優勝大本命の椿を破り、一気に大会の主役のひとりに躍り出た。彼女もMC Mystie同様、自身の哲学を語るスタイルを貫く。宇宙や魂といったポエティックなワードを使いながら、独特のストイックさや技術力の高さが、その言葉を空虚なものにさせず、むしろミステリアスな存在感を高め、今大会により、S7ICKCHICKsを知らない多くの人に彼女の存在を印象づけた。
そして、あっこゴリラ。ゴリラに会うためにアフリカのルワンダに乗り込んだり、自身のワンマンライブのステージを本物の植物で飾り付け、においや湿度までをも共有させたリアルジャングルなライブを行ったり、バトルではファニーなキャラクターを生かしてエンターテイメント性の高いベストバウトを残したりと、その行動力には以前から注目が集まっていた。
しかし、この大会においては彼女のキャラクターだけでなく、その音楽家としての地力の高さと機転が目についた。どんなビートの上でも楽しげにラップし、確実な押韻によって、即興のリリックの中にリズム感を生み出すその技術力。女性であるだけで色物扱いされがちなヒップホップシーンにおいて、時に「ギャグラッパー」「色物ラッパー」として揶揄されてきた彼女が、音楽家としての真価を発揮した大会だった。
この後、あっこゴリラはその活動の場所を民放のテレビに広げ、SIMILABのOMSB、Charisma.comのいつかと共作するなど、タレントおよび音楽家としてその才能を世間に見せつけている。
また、MC MIHO vsYasco.の試合では、育児vs仕事という構図で、互いが自身の生き方を語る、ある意味で残酷な、しかしスリリングな試合が繰り広げられた。
それぞれスタイルやバックボーンの違う女性ラッパーが、大会というプラットフォームを通し、多くの人の注目を集め、その多様さを知らしめたことの意義は大きいだろう。
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