妻の役に立ちたかったのに役立たずだった上、恐怖を与えた自分に傷ついている/利重剛×枡野浩一【5】

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利重さんと枡野さん

利重さんと枡野さん

 デビュー20周年を迎えるのにちっともプラスにならない……と愚痴る枡野さんを、フェリーニの名画『道』を引き合いに出して、人として役に立つことの意味を優しく説く利重さん。ただ、それでも自虐(?)をやめない枡野さんに、利重さんは笑いながら「それ芸風?
枡野さんは日本のウディ・アレンなの!?」。

 枡野さんが自ずから傷ついている理由には実は「自分の”男性”」があるという話に発展していき、ついに枡野さんが「○○○○顔だった…」ことが明かされます――。

「石みたいなもんだから、ある日、役に立つこともあるよって」(利重)

枡野 僕は2017年でちょうど20周年なんですね、デビュー作を出してから。そのときは部数も多くて売れてたのですが。今は(出版)不況のせいもあると思うんですけど、良かれと思ってやってきてることがちっともプラスになんないなって。

利重 う~ん、なんだろう、良かれと思ってやってること……。だから、全員には役立たないじゃないですか、絶対に。だから、あきらめたほうがいいんじゃないかなぁ。

会場 (笑)。

利重 少なくとも誰かひとりが「すごいよかったよ」って言ってくれたらいいくらいの確率で……。そういう意味では、僕よりも枡野さんのほうが優しいんだと思うんですよね。「役立てなかったなぁ」っていうことを、傷ついたり後悔したしたりするわけでしょ?
俺だってしないわけじゃないけど、どっかであきらめてるっていうか。「しょうがないよ、そんなの!」って。ただ俺は努力したし、今でもいいって思ってるよ……っていうことが自分にとっては大事だったりするので。だから、俺も詳しいことはわからないけど、枡野さんが離婚なさったことをずーっと書いてるのも、さっき仰ったように、「俺、役立たなかったな……」ってまだ思ってるからじゃないですか?

枡野 はい……そうなんですよね。もう13年間も経ってるのに。

利重 もうさぁ、今さらさぁ、役立ちもしないし!(笑)そのことをずっと考えていてもなぁっていう……。ただでも、考えることが必要なら考えたほうがいいと思うんですけど。けどなんだろう、ちょっとかわいそうだなって思います。そんなに悲しみに沈まなければいいのにって。

枡野 なんなんでしょうね、なんかそうなっちゃうんすよね、自ずと。

利重 でもさぁ、不思議だよね。ほら、フェリーニの『道』【注】でザンパノがジェルソミーナに言うじゃないですか。ジェルソミーナが「私、なんの価値もない」って言うと、ザンパノって大道芸人が「俺も頭悪いからわかんないけど、こんな浜辺の石だってなんかの役に立つんだ。なんの役に立つかは俺にはわかんないけど、でも絶対役に立つんだ。だからおまえもなにかの役に立つんだよ」って。そう話をするじゃないですか。そんなことだと思うんですよ。石みたいなもんだから、ある日、役に立つこともあるよっていう。それを「役に立たねえな、役に立たねえな」って何万年も思ってたら、石もかわいそうというか……。そういう気がしますけどねえ。

枡野 利重さん、俳優として愛されたり需要があったりするってこととか、あと、映画もちゃんと評価されてきてるから、そこに自信があるんじゃないですか?

利重 自信はあるかもしれない。映画がすごく好きで、映画がただただ好きだったときはなんにも作ろうと思わなかったんだけど。あるとき、3本立ての映画を一生懸命観に行ったら、3本ともつまらなくてすごく怒ったことがあって。それで「こんなんだったら俺でも作れるわ!」って思って。そのとき、「そうだ、映画って作る人がいるんだ」って気づいて。
それでだんだんだんだん観続けていくと、「こういう映画、誰か作ってくんないかなぁー!」って気持ちになって。それで、誰も作らないんだったら俺が自分で作ろうって……作ることになったんですよ。やっぱり観客としての自分を信じてるっていうか。俺は絶対これを喜ぶ。自分で作ったからラストまで知ってるんだけど、もし何も知らなくてこの映画観たら、すっごい好きになってみんなに紹介するだろうなって思ってるわけ。
俺がそう思うんだから、俺とおんなじくらいに映画好きだったり、俺みたいなタイプの人は絶対この映画好きだろうなって。そういうのは揺るがないんです。だから一般的評価なんていうのは、それを考え始めちゃうとわかんなくなっちゃうんだけど、観客としての自分は絶対喜ぶだろうっていうのと、自分と似たような人間が世の中には絶対たくさんいると信じてた。そこは揺るがない。

枡野 そうか……。自分にも少しはいるんですよ、支持してくださる人が。

利重 少しもって、相当いるんじゃないですか(笑)。

枡野 その割には、あんまり(自分自身で)喜んでないのが駄目ですねえ。

「僕は傷ついてる。自分の『男性』みたいなものに」(枡野)

利重 あんまりメジャーとかマイナーとか言いたくないんですけど、メジャーっていうんなら僕より枡野さんのほうが全然メジャーじゃないですか?

枡野 いや、そんなことは……

利重 俺、54歳になりますけど、いまだに俺の名前、読めない人のほうが多いですからね。

枡野 ちょっと珍しい名前だから。変換しにくいんですよね。

利重 そういうことで言うと、俺、役者もやってるし、画面に出ることも多いけど、たぶん道歩いてたら、枡野さんのほうが気づかれると思う。「歌人の人でしょ?」って。

枡野 う~ん、でもきっとその気づかれ方も(テレビ番組の)「『アウト×デラックス』で変なこと言ってた人でしょ」みたいな……。

利重 また悲観的な(笑)。あの、枡野さんのそれは芸風なんですか?(笑)

枡野 いや……

利重 日本のウディ・アレン【注】みたいな?(笑)

枡野 自ずとそうなっちゃうんです(笑)。でも確かに、僕が映画評論家の町山智浩さん【注】に(講談社文庫『結婚失格』刊行記念トーク中継動画や、映画『ブルーバレンタイン』をめぐるトーク中継動画で)叱られた動画【注】を観た人が多いみたいで、「あっ! 町山さんに叱られてた人ですよね!?」って言われます。

利重 あはははは!(笑) 叱られてた人!(笑)

枡野 「そうですそうです」って言うんですけど。

利重 それはいいですね!

枡野 そんなにみんな覚えてるのか、叱られてた僕を……って思いますけど。

利重 面白かったんでしょうね。「あ、この人、あんなに叱られてる!」って。

枡野 「大人なのに!」って。

利重 でもそれも役立ってるわけですよ。観てる人の心に残ってるわけですから。

枡野 そうですね。

利重 枡野さんが叱られた動画があることで、「あー、大人になってもあんなに叱られる人がいるんだ!」って……。すごく気が楽になった人がいる……。くくくく(笑)。

枡野 そうですね。言われてみれば、自分にも恵まれたことがいっぱいあるのに、なんかその恵まれたところは端折って、恵まれないところばかりを書いてしまう癖があるんですよねえ。

利重 くくくく(笑)。

枡野 なおせるんでしょうか、この癖は?

利重 なおせるとは思いますけど(笑)。でもたぶん、それ、面白いんだと思うんです、書いてて。だから、つまんなくならないとこまでやらないとダメなんじゃないですか。

枡野 なんか、癖なんですよねえ。

利重 癖なんですよ。

枡野 なんででしょうねえ……。

利重 くっくっくっく……(笑)。

枡野 あんまり楽しいエピソードって浮かばないんですけど、悲しいエピソードならいくらでも浮かぶんですよ。どんなことでも。もう、「○○について悲しい話して」って言われたら、すぐにできちゃうくらい。次々思い出してしまうんですよねえ。

利重 でもやっぱり癖なんでしょうねえ、ほんと。でも「お笑い」も好きなんですよね?

枡野 「お笑い」も自分のヘンな経験を笑ってくれたらいいなって気持ちでやってたので。

利重 なんか、だんだんわかってきました、枡野さんのことが。最初はすごく狙って、いろんなこと考えてる人で、「俺なんて論破されちゃうんだろうなー」って思ってたんですけど。でもそうじゃなくて、やっぱり枡野さん、混乱されてる方なんですね。

枡野 本人が?

利重 本人が!

会場 (爆笑)

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