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クソガキだから子供らしい『ちびまる子ちゃん』、性悪女子小学生の魅力

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『ちびまる子ちゃんは』子どもの憂鬱を描く

『りぼん』の漫画も、学校で“良い例”として発表されたり賞に選ばれたりするような、児童・生徒の書いた作文も、ポジティブなまとめ方になるものばかりだ。それをおかしいことだとは思わないけれど、「くだらないと思ってやりたくなかったけど、仕方なくやった、やっぱりつまらなくて時間のムダだった、つまらないことをするくらいなら家でゴロゴロしているほうがマシだと思った」なんて内容の作文を書いても評価されないゆえ発表されることもないから、そういう気持ちの子どももいるっていうことは、見えにくい。そういうわけで、小学生は意外と“利己的(とされる)ネガティブ感情”のやり場がない(仲間外れにされた、などの被害にあっているわけじゃなく、ただつまらないからやりたくない、は認められにくい)ように思う。そんな中で『ちびまる子ちゃん』は、つまらないことをつまらない、面倒なことを面倒、憂鬱なことを憂鬱だと率直に描いて、小学生の本性をむき出しにしている(年齢設定はずっと小学3年生のままだし、一向に成長などしない)。

男子はどうだか知らないのだが、女子小学生というのはムダに周囲をよく観察している(だからクラス内、学年内の女子の「あの子はスカートを履かない」とか「いつもスカート」をみんないつの間にか把握していたように思う)。子どもだって、自分が見たものについて自分なりにあれこれ考えたり、解釈したり、想像したり、妄想したり、している。そしてそれを友達とか家族に言わない、言いたくなかったりもする時もある。まる子がクラスメートの知られざる顔を発見して驚いたり、人知れず物思いにふけったり、そんな描写にシンパシーを感じる読者もいたことだろう。小学3年生という年齢設定がこれまた絶妙だ。少しずつ周囲や世の中のことが見えてくるけど、まだ凝り固まる前で先入観を持たず、自由で柔軟な思考回路でいられるギリギリの年齢というか。怠け者描写も、高学年だと「ただのなっていない子」だし、低学年だと「まだわかっていない子」になる。

まる子は良き観察者でユーモアのある語り辺だが、とはいえ、まる子のクラスメートを中心としたいわゆるサブキャラたちの描き方は、実に露骨で残酷ですらある。作品後期はサブキャラがクローズアップされることが増え、サブキャラたちの個性もはっきりしてくる。花輪くん=キザな金持ち、永沢=嫌味で性格が悪い、藤木=卑怯、山根=胃腸が弱いけど情熱家、大野くんと杉山くん=硬派なスポーツマン、みぎわさん=花輪くんラブ、野口さん=暗いけどお笑い好き、等々。そして、そういった大勢のサブキャラたちのビジュアルの多くは「人は見かけによる方式」が採用されているのだ。バカ男子や冴えない男子は醜く(永沢、藤木、山根など)、イケてる男子はかっこよく描かれ(大野くん、杉山くん)、まる子があまり親しくない女子(性格が悪くて勘違い系)はわかりやすくブスに(冬田さん、前田さん、みぎわさん)、城ケ崎さんや笹山さんは可愛らしく、といった具合だ。『納豆を食べようの巻』では、苦手な納豆を克服したいまる子が納豆好き派=友達になりたい人たち(大野くん・杉山くん・はまじ・ブー太郎・長山くん)、納豆嫌い派=ろくでもない面々(丸尾くん・野口さん・山田・前田さん)と分析し、自分も好き派になりたいと頑張って食べてみる。ギャグ漫画だし30年前からある作品にどうのこうの口出しするのも野暮だろうが、数年ごと不定期掲載の漫画はともかくとしてこれからも(いつまでかわからないけれど)毎週続いていくであろうアニメ版はPC配慮も視野に入れていく時期かもしれない。愛されるアニメでありたいなら、ということだが。

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