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社会を“男の絆”で占有する強固なロジック 「ホモソーシャル」の正体とは?

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ホモソーシャルのダメなところは女性を“人間扱い”しないこと

前川 ひとつは、それによって「自分は異性愛者だ」と暗にアピールできるからです。男の絆というのは、恋愛感情やセックスではなく、“友情”によってこそ結ばれなくてはならないとされています。そこでは同性愛を連想させる振る舞いは厳禁で、「俺たちは仲良しだけど同性愛じゃないよ」というアピールが必要になる。なので、下ネタや風俗というのは、「自分がいかに女好きか(=同性愛者ではない)」を証明するための便利な手段になるわけです。

清田 確かに、男子コミュニティの中では同性愛者を怖がり、また“ホモ疑惑”をかけられることを異様に恐れる風潮がありますよね。

前川 そうですね。さらに、異性愛の下ネタを語ったり、連れ立って風俗に行ったりすることには、「自分たちが性の主体者・支配する側であることを確認できる」という側面もあります。つまり、「俺たちは男だ」という連帯感を得るために女性を必要とするわけです。

清田 なるほど。ミソジニー(女性蔑視)とホモフォビア(同性愛嫌悪)をベースにしているというのはそういうことなんですね。何というか、女の人からしたら「お前らの問題に巻き込むんじゃねえよ」って話ですよね……。

前川 ホモソーシャルの一番ダメなところって、女性を「女」という記号や集合でしか見てないところなんですよ。女性が自分と同じように社会を担う一員であり、同じように物事を考え、同じように様々なことを感じながら生きている存在だとは見ていない。

清田 全男子にとって耳の痛い言葉だと思います……。そういう価値観ゆえか、ホモソーシャルが許容する女性像ってかなり狭いような印象があります。実際のホモソ男子やホモソを描いた作品などを見てみると、そこに存在する女性像って、男たちのお世話をする「マネージャー」か、高嶺の花みたいな存在の「姫」か、一緒に戦える男勝りの女という意味の「名誉男性」の3種類くらいしかないように感じます。そして、その女性たちの複雑な内面が描かれることはほぼなく、与えられた枠組みから決してはみ出さない。

前川 要するに“人間扱い”していないんですよね。一緒に働いていても、恋愛していても、目の前にいる女性を人間として見ていない。女性たちの中には、「ここにいる私をちゃんと見ろよ」っていう苛立ちが相当あると思います。

清田 その一方、男の中には「男同士の絆を確かめるために女性を利用してる」なんて意識はないだろうし、「自分は女性を人間として見ていない」という自覚もおそらく皆無のはず。ここが本当に難しいポイントだなと。

前川 もっとも、女性側もこの状況にただ甘んじているわけではありません。ひとつの有効な対抗手段として、「男の絆に巻き込まれるのではなく、輪の外から観賞する」「男の絆を『萌え』の対象にする」という方法が生み出されることになります。

清田 著書『男の絆』でも、チーム男子やボーイズ・ラブ(BL)など、男の絆を萌え対象として楽しむ女性たちの話が紹介されていましたね。

前川 だから、別に男たちが仲良くすること自体が悪いわけではない。それは大いに結構なんだけど、女性がコミュニティや社会から排除されたり、男性に有利な仕組みが変化しなかったりすることが問題なんです。

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