連載

対等な女を怖がる男たち~男の幻想に逆襲する喜劇『負けるが勝ち』

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ヒロインのケイトが仕掛ける恋の罠

 『負けるが勝ち』のヒロインはハードカッスル家の令嬢ケイトです。ハードカッスル家は田舎に屋敷を持っており、貴族ではありませんが「州でも一番の名家のひとつ」(第4幕第1場187–188行目)です。ケイトはハードカッスル氏の先妻の娘で、後妻である二代目ハードカッスル夫人には連れ子のトニー・ランプキンがいます。トニーは大変ないたずら者です。

 ケイトは若いわりにしっかりしています。冒頭でハードカッスル氏は娘のドレスが派手すぎるとこぼしますが、これに対してケイトは、朝は訪問に備えて自分の好きなドレスを着るが、夕方になれば言いつけどおり粗末な服装をすると「取り決め」(第1幕第1場90–92行目)したでしょ、と父に約束を思い出させます。ハードカッスル氏はうるさ型のようなのですが、父の顔を立てつつ、うまく自分のやりたいことするケイトはなかなかやり手です。

 とはいえケイトも若いので、イケメンの話を聞くと心穏やかではいられません。ハードカッスル氏は娘を友人マーロウ氏の息子チャールズと結婚させたいと考え、紹介のため家に呼ぶとケイトに伝えます。ハードカッスル氏はそこまで強権的な父親ではなく、「お前の選択を支配する気は無いよ」(同105行目)と娘の意志を尊重し、さらにチャールズは内気らしいので闊達なケイトとうまくいかないかもという不安も表明しますが、一方で娘をその気にさせようと口を極めてチャールズを褒めます。教養も財産も申し分ないイケメンが花婿候補ということで、ケイトは「その彼は私のもの!」(同117–118行目)と期待に胸をふくらませます。このあたりのケイトは従順な可愛いお父さん子といったところですが、一方で会う前から相手の男心を操縦する気満々です(同143–146行目)。恋の作戦に大事なのは情報収集ということで、ケイトはチャールズの親友ヘイスティングズの恋人であるいとこのコンスタンス(脇筋のヒロインですが、今回は脇筋は割愛します)に相談します。コンスタンスは婉曲な表現でとんでもない情報を教えてくれます。

評判が良くて貞淑な女性の間では誰よりも控えめなんだけど、別な感じの女性たちの間では全然違う性格だ、と知り合いの間では囁かれてるの。わかるでしょ?(同164–167行目)

 「別な感じの女性たち」というのは下層階級、とくに水商売の女たちを指します。ふつうならそんな裏表のある人はやめとこう……と思うものですが、むしろ闘争心をかき立てられたのか、ケイトはチャールズとうまくいくか試すことにします。

 一方、いたずら者のトニーは、家の外でたまたま出会ったチャールズとヘイスティングズをからかってやろうと、ハードカッスル邸のことを「宿屋」として紹介します。一行はハードカッスル氏を宿屋の主人と思い込んでトンチンカンな振る舞いをします。屋敷を宿屋だと思い込んだまま、チャールズはケイトと対面しますが、相手の顔すらまともに見られない始末です(この場面はチャールズが挙動不審すぎるので、舞台では笑いどころです)。ところがチャールズはどうも相当美男だったようで、ケイトは「かなりいい男」で「センスもいい」がそれを発揮できていないと見抜きます(第2幕第1場470–472行目)。

 ケイトはチャールズが屋敷を宿屋だと思い込んでおり、さらに粗末な服に着替えた自分をメイドと勘違いしていたと知ります(第3幕第1場225–226行目)。ケイトと目も合わさなかったので、顔を覚えていなかったのですね。ケイトは話し方を変え、メイドのふりをしてチャールズに近づきます。ここでケイトは、男に姿を見られるというのは「顔を市場に出す娘には小さからぬ強み」(同240行目)だと言います。ケイトは、結婚はロマンティックな結びつきというよりは市場での取引のようなものというたいへんドライな結婚観を持っており、抜け目ない商人のように行動します。

 この後は、わりと打算で動いていたケイトとスケベ心で動いていたチャールズがどんどん本気になる様子が描かれます。メイドのふりをしたケイトにチャールズはすぐ目をつけ、自分はロンドンではモテるのだなどという(たぶんウソの)自慢をします(同315–316行目)。チャールズはまだ相手を軽く見ていますが、一方で「あのちっちゃなパブのメイドがひどく妙な感じで頭から離れない」(第4幕第1場29–30行目)と言い、軽はずみに手を出すようなことはしないとヘイスティングズに誓っていて(同56–57行目)、どうも少々真剣になってきています。

 だんだん「宿屋」の状況を不審に思いはじめたチャールズに対して、ケイトは本当はここはハードカッスル家なのだと教えます。しかしながらまだ自分の正体は明かさず、ハードカッスル家の貧しい親戚で家政を担当していると思わせておきます。驚いたチャールズは、自分はとんでもない勘違い野郎で、相手の思わせぶりな態度についても誤解していたのではないかと不安になりますが(同205–206行目)、ケイトのしおらしい態度を見て心を打たれます。チャールズは真剣に恋に落ちたものの、身分が違いすぎて互いのためにならないと身を切る思いで別れようとします。これを見たケイトはチャールズの真心にグっときてしまいます(同237行目)。

 結局ケイトを諦めきれなかったチャールズは、身分も財産の違いもかなぐり捨てて求婚しようとしますが(第5幕第3場40–41)、最後にケイトの本当の身分が明らかになり、一杯食わされたと呆然。ケイトはチャールズを今までのことでからかいますが、そんなことをされてもチャールズは恋心に勝てません。「ちっちゃな暴君」、つまりケイトが今後もう少しお手柔らかに振る舞ってくれれば「僕は最高に幸せ者になれる」(同145–146行目)と求愛し、カップルが成立して芝居が終わります。

 結局、ケイトはチャールズより何枚も上手で、いけすかねえ野郎は自分のバカさ加減を悟って真の愛に目覚めることになりました。ケイトが父の指示に従って結婚するというところは古さを感じさせますし、ケイトみたいな賢い女とチャールズみたいなおばかさんがうまくいくのかという不安はありますが、一応ハッピーエンドです。

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