「男はみんな5歳児である」と蔑まれつつ容認される男性の生き方と、耐え忍び母性愛を与える女性の生き方

【この記事のキーワード】

「男性が心地よいこと」を最優先

 5歳児である男性は、好きな女性に対して<ありのままの自分を受け入れてほしい>し、同時に<一番かっこいい自分でいたい>と望む、のだそうだ。

男性が最も心地よいことは、プライドがマックスの5歳児のような自分でいられること、そしてそういう自分でいられる環境を整えてもらうことなのです。こういう環境を手放したくないと思うし、それは同時に、理想的な環境を整えてくれる女性を一生傍におきたい、大切にしたい、守りたいと思うことにつながります

 だから、女性が「男はみんな5歳児」と思って接することで、<男性自身も満たされ、女性自身もイライラせずに相手をありのままに受け入れることができ、両者がハッピーでよい関係を作っていくのに最も効果的>。<「この5歳児の幼稚で未熟なヤツめ!」と思うのではなく、「5歳児みたいに、自分の気持ちに素直で、やりたいことに突き進む純粋さがいいね!」と思って温かく接してあげる>ことが大切。

 女性読者からの反論も想定して、著者は<「そんな風に思えない!」じゃない><相手のどこを見るか、どこに注目するか、の違い>であるから、<女性にとって何よりも大事なのは、「そう思えない」ではなく、そう思える自分を育んでいくことです>と諭すのだった。

 そう思える自分を育んでいくって……。まるで女性に自己洗脳を勧めているかのようだ。明確な根拠もないのになぜ、こんなススメが出来てしまうのだろう。

 前述の通り「5歳児はこうだ」を受け入れたとしても、「男はみんな5歳児」論には、とても同意できない。少なくとも自分自身の経験とはかけ離れている。

 男女関係なく、成熟した大人もいるし、幼稚な大人もいる。ある場面では成熟しているけれど、ある場面では妙に幼稚な振る舞いを見せる大人だっている。だから「男はみんな5歳児」と十把一絡げにするのは男性に失礼だとも思う。世の男性たちは、自分のことを本気で5歳児扱いされて嫌じゃないのか?

 「男はみんな5歳児」と考える著者は、その理由と対策を3つ挙げるのだが、これらもやはり「理由」と呼べるものではなく、あくまで著者の主観に基づいた男性論にとどまっている。要約すると、すべて「ワガママ」としか言いようがないのだが、「それが男性なのだから理解して認めましょう」となる。

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■5歳児は、監視されたくないけど関心を持たれたい
<これは、束縛されたくないけど、無関心も嫌だ、という意味です>
<公園から早く帰ってきなさい、とは言われたくないけど、公園から帰ってきたら、何して遊んだの? と聞いてほしい、ということです>
<すべての男性は、行動を制限されたくない、指図されたくない、監視されたくない、だけど、自分のことは関心をもって注目してもらいたいのです>
<話を「そうなんだね!」と聞いてほしい。成果に対して「すごいね!」と褒めてほしい。「頼りになる!」と言われて存在意義を感じたい。「みんなのためにお疲れ様!」とねぎらってほしい。そんな風に思っています。だって、5歳児ですから>

■5歳児は、自信がないと生きていけない
<自信がない→上手く働けない→お金が入らない→食べていけない→生きていけないわけです>
<(仕事などで)失われた自信を取り戻すために、男性は女性にエネルギーをもらいにいくのです。これを私は、「女力発電」と呼んでいます>
<男性がお金を使う場所とは、女力発電所なのです>
<近くにいる奥さまや彼女からの供給女力が少ないと、外に求めにいくのです>
<他の女性のところに行かれたくなかったら、自分が彼にとっての最大の女力発電所になることです。女力発電のポイントは、ワクワクとニコニコです>

■5歳児は、夢とロマンで生きている
<男性は、女性から一方的に、現実的な話を突きつけられるのを嫌います>
女性は<妊娠したら10カ月間、身動きが取れず、出産したら自分と子どもが生きていくために、ちゃんと養ってくれる覚悟があるのかを事前に確認して保障を取り付けたい>
男性は<逆に、体力があれば毎日でも子孫を残せる可能性を持っています>
<この本能の違いが両者のニーズの合わないところなのです>
<夢とロマンで生きている5歳児は、偶然や偶発的にうまくいくことに対して喜びを感じます。つまり、排卵日という現実的な概念はなく、セックスをしたら子どもができるという、ある種のギャンブル性にワクワクを感じるようになっています。反対に、女性は現実的に排卵日付近ではないのに妊娠できるはずがないことがわかっているわけです>
<5歳児が夢とロマンの世界で夢を見続けて生きられるように、女性が先回りしてお膳立てをしておいてあげる。これが女性の優しさです>
<5歳児を夢とロマンの世界で生かしてあげるというのは、男性に対してあたかも偶然に起こったように先回りして準備してそう思わせてあげることです。それで彼らは満足するのです。だって、5歳児ですから>

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 す、すごい。男はアホでバカでデリケートで幼稚だからあきらめなさい、ということを滔々と説いている。ここまでバカにされたら普通、男性は怒るだろう。これはもしかしたら、著者が精一杯の皮肉を利かせて「男性dis」をしているコラムなのではないか。ものすごい男性嫌悪がここに潜んでいるようにすら読めてしまう。

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