昨年2016年は、酒井順子さんの『子の無い人生』、香山リカさんの『ノンママという生き方 子のない女はダメですか?』といった「子なし」に関する書籍が相次いで刊行され、「子なし女性」たち――芸能人、女性アナウンサーから首相夫人まで――が堰を切ったかのように自らの思いを赤裸々に語り始めるなど、〝子なしブーム〟と呼んでもよさそうな状況だった。
「非婚・子なし女性」である酒井順子さんと香山リカさんは、「私は最近、しみじみと『子供がいなくてよかった』と思うのです」(『子の無い人生』)、「私はこの運命に、心から感謝したい」(『ノンママという生き方』)と「子なし人生」を力強く肯定し、世間に点在している「子なし女性」たち――「子なし女性」は「子持ち女性」がママ友化するようには群れない――を強力にサポートした。
一方、「既婚・子なし女性」も、その幸福ぶりをアピール。例えば俳優の山口智子さんは、積極的に子どもを持たない人生を選択し、まったく後悔していないと語った。
「私はずっと、『親』というものになりたくないと思って育ちました。私は、『子供のいる人生』とは違う人生を歩みたいなと。だからこそ、血の繋がりはなくとも、伴侶という人生のパートナーを強く求めていました。唐沢さんは、夫であり、家族であり、友であり、恋人であり……。唐沢さんと一緒に生きることは、ほんとうに楽しいです」(『FRaU』2016年3月号)
俳優の草刈民代さんと映画監督の周防正行さん夫妻は、「私の場合は産まない選択をしたからこそ踊りの実績を積めたし、女優に転身することもできた(草刈)」「子どもがいないなりの夫婦の時間の持ち方というのがあるんだよね(周防)」(『AERA』2016年8月8日号)と、やはり充実した夫婦二人暮らしを語った。
とはいえ、酒井さんも香山さんも山口さんも草刈さんも、仕事で成功を収めている特別な人たちだし、夫が唐沢寿明だったら毎日楽しいのは当たり前。普通の人はやはり結婚して子どもを産まないと、肩身の狭い思いをするし、先々孫もいなければ、友人たちの孫自慢についていけず寂しい思いをするかもしれない……と考える人もいるだろう。
そもそも結婚しているか否か、子どもがいるかいないかで肩身をすぼめる必要もないのだが、これから先の日本では、そういった心配も無用になるかもしれない。というのも、少なくとも20年後の日本では、子どものいない女性はマイノリティではなくなり、孫のいない女性に至ってはマジョリティになりそうな勢いなのである。
国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、1990年生まれの女性(現在26~27歳)の「生涯子なし率」は35.5%である。出生率が横ばいを続けると、彼女たちの孫なし率が過半数を超えることは想像に難くない。ちなみに1950年生まれの女性の「子なし率」は10.6%、1960年生まれの女性では17.5%、1970年では28.4%である(1)。
子どものいない女性が3割強もいれば、もはやマイノリティとは言えない。それに、過半数の女性に孫がいなければ、友人たちの孫自慢についていけなくて寂しいという気持ちになることもないだろう。
ところで、“子なしブーム”の立役者は、「子なし」肯定派だけではなかった。
NHKアナウンサーの小野文惠さんは、不妊治療を特集した番組のなかで「50歳ぐらいまでに産めばいいのかと思っているうちに手遅れになりました」「20代、30代で、もうちょっと、今もうちょっと仕事頑張らないとっていうときに産めるような社会でもなかったですよね」(『ニュース深読み』2016.2.13)と思いつめた表情でコメントしている。
同じくNHKアナウンサーの有働由美子さんも、若いうちに子どもを産まなかったことについて、「とんでもない間違いをしたのではないか。産む可能性、機能があるのに、無駄にしたんじゃないかと。気が狂ったように泣いたりして病院通いした」(『あさイチ』2016.5.18)と語り、同年代の女性たちの共感を呼んだ。
小野さんも有働さんも、産休・育休をとることでキャリアに傷がつくことを恐れ、また退社をして、育児が落ち着いた頃にフリーランスで復帰するといった選択には躊躇したのだろう。ごく普通に働く女性たちもまた、彼女たちと同じように出産をためらっている。
先月、「子なし人生」について「後悔していない」派と「後悔している」派が本音を吐露した2016年の出生数と合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの数)が発表された。出生数は97万6979人で、1899年に統計をとり始めてから初めて100万人を割り込み、合計特殊出生率は1.44と前年を0.01ポイント下回った。ここしばらく微増傾向にあった合計特殊出生率がマイナスになるのは2年ぶりのことだ。
産む人の数も減る一方なので、今後、出生数が回復することは難しい。しかし、出生率はこれ以上下がらないだろう。というのも、国による“脅し”のような少子化対策がそれなりに効果を発揮しそうな気配がある。
日本の少子化は、1970年代にはすでに始まっていて、政府が対策を講じ始めた頃にはすでに手遅れだった。その対策も見当違いだったのだが、ここにきて政府は、「女性自身に、産む性としての自覚が足りない」という発想のもと、新たな少子化対策に乗り出した。象徴的なのが、頓挫した「女性手帳」の配布や、“「卵子の老化」キャンペーン”である。
少子化対策を寓話『北風と太陽』に例えるならば、産みやすく育てやすい社会を作ることが「太陽」的対策で、「早くしないと卵子が老化して産めなくなる!」と脅すのは「北風」的対策である。
たしかに、年をとるほど妊娠しづらくなるということを知らなかったために、子どもを持てなかったという女性はいる(“キャンペーン”の際に使用されていた「妊娠しやすさ」のグラフが改ざんされていたという問題もあった)。しかし、なぜ彼女たちが妊娠出産を先延ばしにしたかといえば、産みやすく育てやすい環境が整っていなかったからである。そう考えると、やはり「太陽」的対策が必要だということになるのだが、残念ながら「北風」的対策が、迷える女性たちの背中をジワジワと押しているというのが現実である。
(1)国立社会保障・人口問題研究所『日本の将来推計人口――2011~2060年』表Ⅲ-3-6「中位仮定に基づくコーホート指標」