男子は弱音を吐く訓練をしよう。社会の意外な柔軟性に気付いたら、生きやすくなる――トミヤマユキコ×清田隆之『大学1年生の歩き方』

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“変な自分”もうまく編集して渡せば、受け取ってくれる人はいる

――私は学生時代、早稲田大学でトミヤマさんの「編集実践」という演習を履修していたのですが、あの演習こそ、そういう「半端な自分」や「変な自分」を肯定する力を与えてくれる場だったなと思います。

トミヤマ 私が早稲田で受け持っている「編集実践」は、「自分の好きな題材で一冊のZINE(自主制作雑誌)を作る」という形式の演習なのですが、そこでは「あなたたち一人一人の心の中にいるマイノリティを出せ」と言っています。早稲田大学の学生としてのお前は知らん。普段は隠している、マイナーだったり変態だったり、常識から外れているようなところを出せ、と。

すると、「実は伊達巻が大好きで、正月になると一日一本のペースで伊達巻を食べてます」みたいな学生が登場する。一応、教室内では「どんなネタが出てきても引かない・却下しない」っていうルールを設けてあるので、自然と「お前の伊達巻き愛はわかった。じゃあこれをどうやっておもしろくするかみんなで考えようぜ」という空気になるんですね。「食べ比べレビューしなよ」とか「レシピが知りたいです」とか、みんなしてすごく必死に伊達巻のことを考える(笑)。そうすると、その学生は「たとえ変なところがあっても、社会って意外とそれを受け止めてくれる柔軟性があるんだ」ということがわかるようになる。ちょっと変なところがあったとしても、うまくアレンジすれば、意外と受け取ってくれる人はいるんだなって。

「“変な自分”は隠さなくていい。でもモロ出しだと引かれちゃうことある。でもうまくやれば完全に隠したり否定したりしなくてもよくなるんだよ。そうしたらあなたは楽じゃん」っていうことを伝えたいんですよね。

清田 その「受け入れられた」っていう実感は大事だよね。たぶん、「私はあなたに興味があります。あなたの存在を私は脅かしませんし、あなたがそこにいることを認めます」っていう空気さえ交換できていれば、コミュニケーションは男女関係なくグッドコミュニケーションとして成り立つと思うんだよね。それを大学の教室みたいな場所でできるっていうのはすごくいいと思う。

トミヤマ 私の演習だけじゃなくて、他の授業でも、自分のやり方次第で「おかしな自分のまま認めてもらう」っていうことは絶対にできるはずです。やっぱり、先生が期待している答えを言っているようでは、学生としてはまだ二流なんですよ。自分の中のマイナー性みたいなものをあえて出して、苦笑いとかする人もいるかもしれないけど、ある程度受け入れてもらえるって経験をしたほうが絶対いいです。それが「大学空間を活用する」ってことじゃないかなと。理想論かも知れないですけど、単位のためじゃなくて生きるために大学に行くべきだし、そのついでに単位が付いて来るんだって思って欲しいですね。もちろん勉強はしてほしいけど、それだって、生きるための勉強なんですよって言いたいです。

清田 でもそのときはなかなか分からないんだよね。「正解を言わなきゃ」とか、「みんなにスゲーって言われるような発表をしなきゃ」とか思っちゃう。外部の評価基準に身を委ねちゃうんだよね。でもそこで、「俺は伊達巻が好きだ!!」って言ってみる、そういう経験を1回か2回積むだけで、そこからの人生が全然変わってくると思う。耳を傾けてくれる他者、おもしろいと思ってくれる他者が目の前にいるってことを実感することはとても大事だよね。怖くても1回賭けに出てみて、ある意味“賭けに勝てた”っていう経験は積んでおいて損はない。強張りが取れるような心地よさがある。

トミヤマ 「俺は伊達巻食わねーけど、お前の伊達巻愛はわかったぜ」でいいんですよね。「みんなで一緒に食べよう」まではいかなくていい。わたしもその学生のことは大好きだけど、いまだに伊達巻き食べてないし(笑)。

即効性はない。だけど自分で自分を見るときの画素数が、ちょっとだけ上がる

トミヤマ これはやはり自分が教員だから思うことなんですけど、「でかい声でわかりやすいことを言う教員」って、学生たちからすごく人気があるんですよ。「えーっと……」みたいな感じで、迷いながらボソボソ喋る教員は人気がない。でもそれって、すごくdo重視じゃないですか! 単純明快な論理で話してくれて、1時間半聞いたら一つのテーマがスパンとわかって。

まあ、それもいいんですけど、「何言ってるかよく分からないけどなんとなく可愛いおじいちゃん先生」みたいな人もいるじゃないですか。ときには自分の動物的勘を信じて、そういう人のところに行ってみるのもアリだと思いますね。あふれ出るbeを感じて欲しいです。

清田 わかりやすい効果や対価といったコストパフォーマンス重視で授業を受けるのも悪くはないのかもしれないけど、「この先生なんか気になるんだよな」っていうフィーリングで選んでみるのもぜひオススメしたい。話をしばらく聞き続けていると、そのときはよく分からないんだけど、後々ちょっとずつ「自分が気になってたのってこういうことだったんだ」ってわかってきて、自分の中で考えたことがいろいろつながってくるという現象が起こる。勉強って、そういう体験がおもしろいわけじゃない。一種の勘みたいなものが働いて、話を聞いたり本を読んだりしながら言葉で追いかけていくと、だんだん自分の最初に感じたものの輪郭がはっきりしていく……っていうのは、地味だけど勉強の本質的な部分だと思う。感じたことや考えたことを言語化する力を養っておけば、いろんな場面で役立つと思う。

この『大学1年生の歩き方』だって、読んで10年くらい経ったころに突然「あれはそういうことだったのか!」ってわかることがあるかもしれない。即効性のある本ではないけど……そういうものがちりばめられているからこそ、大人の読者から反応がいいのではないかと思う。って自画自賛になっちゃうけど(笑)。

トミヤマ 明日から人生が劇的に変わる本ではないですね。いつ読んでいいし、何回読んでもいい。中学生が未来に思いを馳せてもいいですし、大人が過去を振り返ってもいいんです。即効性はないけど、自分で自分を見るときの解像度がじわじわと上がっていく。それだけは保証しますし、それが“自分の人生を豊かにする”ってことだと信じております!

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トミヤマユキコ
1979年生まれ。秋田県出身。ライター/早稲田大学文化構想学部助教。『図書新聞』『タバブックス』『文學界』などで執筆中。著書に『パンケーキ・ノート』(リトルモア)がある。

清田代表/桃山商事
1980年生まれ。東京都出身。恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表。失恋ホストやコラム執筆などを通じ、恋愛とジェンダーの問題について考えている。桃山商事の新刊『生き抜くための恋愛相談』(イースト・プレス)が9月に発売予定。

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