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2020年東京五輪に並々ならぬ熱意をかける椎名林檎、彼女の誇る「日本」とは何なのか

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日本の誇りとは?

 ここまで熱を上げる椎名林檎が総合監督を務めれば、開会式の演出は「恥ずかしくないもの」に仕上がるのかもしれない。しかし彼女が言う“日本の誇り”や“日本らしさ”には、少なからぬ疑問を覚える。

 前出の朝日新聞掲載インタビューで、椎名は昨年のセレモニーでの手ごたえを振り返り、「日本の力」についてこのように言う。

「私の感じる日本の力の内訳は、辛抱強さ、探究心、身体能力。健康な心身に宿る創意工夫。例えば私たちが誇れる電車やバスの運行ダイヤの正確さをはじめとする『お待たせしない』精神。江戸前ですから。ササッと。(中略)忍者のコスチュームを着たキャラクターを出すことなく、『忍法のような日本の技』を見せたいと思ったんです。それらを表現したのが、秒針にBPM1分あたりのビートの数)を合わせた曲でつなぐ演出、そして時空を超えるマリオです」

 椎名林檎の言う“日本の力の内訳”とは、よく“国民性”として語られがちなもの、そして“日本のおもてなし文化”のような意味合いであろう。引継ぎ式での演出は、ジャズやテクノを中心とした楽曲、パフォーマンス、AR演出などスタイリッシュなものだった。そこに上記のような「日本の力」が意図されていたとは思いもよらなかった。辛抱強さを美徳とするからには、日本の力の内訳には、“空気を読む”とか“我慢”とか“苦労”も含まれるかもしれない。

 確かに電車もバスも時刻表に正確で、あらゆるサービス業は“親切・丁寧が当たり前”なのが日本だ。混んでいようがいまいが“その時可能な最短スピード”で、料理が運ばれる、レジが打たれる、医療サービスが受けられる。まさにお客様を『お待たせしない精神』で社会が回っている。だが、彼女の誇る“日本の力の内訳”が、例外なく必ずしも日本の魅力であり美徳であり底力であるかと言えば、甚だ疑問だ。度を超えれば、長時間労働や過労死や体罰やハラスメントにつながりかねず、実際、日本では今(というかずっと以前からあったのだろうが)、そういった問題が噴出している。無条件に肯定し美徳とみなしてよいものではないはずだ。彼女が見ている“和を重んじる日本”には、こうした諸問題が存在しないのだろうか。

 折りしも今年3月、建設会社の新卒社員として新国立競技場地盤改良工事に従事していた23歳の男性が失踪・自殺するという事件が起き、遺族が上野労働基準監督署に労災認定を申請。代理人弁護士が720日に厚生労働省で記者会見をしたばかりだ。新国立競技場の建設は東京五輪に向け急ピッチで進められているが、そもそも設計段階から計画が変更され工事開始が予定より遅れたことや、重機が予定通り揃わず工期が遅れ、現場が異常と呼べるほどの過重労働になっていると明かされている。亡くなった男性の自殺直前1カ月の時間外労働は211時間56分に及んでいたという。国家事業の現場で、このようなことが起こり、命が失われていることは到底看過できない。

 『SONGS』でも椎名はやはり「日本の誇り」「日本らしく」と繰り返していた。また、20146月に発売された楽曲『NIPPON』も、同年に開催されたサッカーW杯のテーマソングとして椎名自ら書き下ろした作品だったのだが、歌詞の<万歳! 万歳! 日本晴れ><いざ出陣><噫また不意に接近している淡い死の匂い>などといった、戦地への出征や神風特攻隊を連想させるフレーズに、彼女のナショナリズムが色濃く表れているように思う。<混じり気のない気高い青>といった純血主義を意味しているかのようなフレーズも物議を醸した。

 彼女が見ている“日本”とは、一体どこにある国なのだろうか。今ここにある日本は、もっと複雑で、多様で、揺らいでいる。その現実を認めたうえでの“和”を表現してこそ、「日本が恥をかかない」オリンピックになるのではないだろうか。

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