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世界と闘うお姫さまも“マンスプレイニング”の標的になる/『ゲーム・オブ・スローンズ』第7シーズン

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 『ゲーム・オブ・スローンズ』は物語の初めから、鉄の玉座が、その属性に関わらず、一見冷酷に思える合理的な判断を下せる者のみを座らせることを示していた。

 実はサンサはジョン・スノウと違ってラムジーの手に落ちた時点から弟リコンのことは諦めていた。リコンはスターク家の直系の息子、そうでなくても北部諸侯の忠誠心をまだ得られていないラムジーからしたら目障りな存在でしかない、どのみち彼の命はもう長くない、と。

 リコンを見捨てられなかったジョン・スノウは結果として仲間を劣勢に導き、歩兵たちの多くの命を犠牲にしてしまった。王家の一族は統治している人民の生活を守る責任が生まれながらにあり、それは幼い子供とて同様である。その点から考えると、一見、冷酷に見えるサンサの発想の方が圧倒的に正しい。自分の兄弟だから見捨てられないという理由で、忠誠を誓った家臣たちの命を無駄に危険に晒すことは許されない。サンサが言うように、“レッド・ウエディング”でその命を落とした長子ロブもまた、重い使命を負った王家の一員であるにもかかわらず、私情を優先してしまったことが命取りとなったのだ。

 サンサは生まれながらに背負ったその責任を果たす覚悟をしていた。先ほどの言い争いのあとサンサは「もし明日負けたら私はここに生きて帰って来られないのよ?」と言う。それに対しジョン・スノウは「君を殺させない、俺が守る」と彼女を見つめながら答えた。昔の彼女だったらこの言葉だけでジョンと恋に落ちてしまったかもしれない。しかし彼女は表情も変えずにこう言うのだ、「誰も私を守ることなんてできない。誰も誰かを守ることなんてできない」。

 前回の記事で私が示唆したように、サンサは、誰かに守られて生きていくことなどできない、という現実を思い知らされた新たな「お姫さま」となったのである。しかしこのことをまだジョン・スノウはわかっていない。彼だけでなく、これだけの覚悟や思慮を持って表明された彼女の意志を単なる「ジョンへの反発」としてしか捉えない人々の心の奥底には、既述した「女性の意見には信頼がおけず彼女たちは定見を持っていない」というミソジニー(女性嫌悪)的発想がある。

 物語の中でもBastardsの闘いで皆を救ったのはサンサであったにも関わらず、北の諸侯たちの会議で満場一致で北の王に決まったのは「勇敢なる」剣士、髭を生やし低い声で人々に命令を下すジョン・スノウであった。その時のサンサははっきりと失望した表情をしていた。

 しかし私はそれを見てむしろ頼もしい気持ちになったのである。女の子だからって男の子に譲るべきなんて思う必要はない、そして和を保つために自分の意見を曲げなかったからというだけで邪悪になったと断罪されるいわれもないのだ。何より、反乱罪で小さな子供までつるし首にしたジョン・スノウの邪悪さを誰も案じなかったのに、物語の中で一、二を争う悪役ラムジーが苦しみながら息絶えるのを冷たい目で見ていただけで「稀代の悪女サーセイに感化されたのでは?」と言われる筋合いもない。フィクションに対して持つステレオタイプは必ず現実世界にも投影される。中世を模したファンタジー世界において現実世界における問題を我々に投げかける製作者たちは本当に誠実だと私は考える。

 サンサはリトマス試験紙だ。その人間の中に隠れたステレオタイプが透けて見える。“You know nothing.”と言われているのはジョン・スノウだけではない。

 サンサの賢さを一番初めに、彼女が少女の時点で見抜いたのは、世界を変える鍵を握る人間の一人であるティリオンだった。そして第3話で、ホワイトウォーカーを迎え撃つ同盟を組むためにウィンターフェルを発ったジョン・スノウは留守の間の北部の指揮をサンサに一任した。新しい世界を作り出そうとしている1人が偏見によって目が曇っていなかったこと、そしてもう1人は偏見を捨て去ろうとしていることに私は新たな希望を抱いている。第7シーズンはいま現在世界同時放送中で、今後の展開は未知数だ。新たな展開があれば記事にしていきたいので、これを機会にこの世界中が注目しているドラマをぜひご覧になっていただきたい。

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