30代半ばの女性社員に訪れる見えない定年――「35歳標準労働者・男性」の呪縛

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Photo by National Eye Institute from Flickr

 自己都合退職を迫られた女性エンジニアが、ツイッターで話題となっている。勤務先は伏せられているが、「誰もが知っている大企業」ということだ。ツイート主は、そのエンジニアを「妹」と呼んでいる。ツイート内容がすべて事実であると仮定しての話だが、ツイートから感じられるジェンダーへの鋭敏さを見る限り、ツイート主は姉である可能性が高そうだ。

ある大企業に勤める女性エンジニアが上司から『希望退職』を迫られた…その理由が酷すぎる「女にこれ以上給料は出せない」「先例がない」

 人員削減の際、あるいは退職させたい社員がいる際に自己都合退職を迫ることは、特に大企業で広く見られる。退職する本人にとって自己都合退職はデメリットが多く、逆に会社都合退職となることによるデメリットは全くない。会社都合退職の場合、待機期間はなく退職直後から失業給付を受けることができ、期間も長い。35歳・勤続13年とすれば210日となる(自己都合の場合は120日)。しかし大企業であればあるほど、会社都合退職とすることは困難になる。雇用者の義務を果たしていたかどうかが厳しく問われるからだ。

 そこで採られるのが、退職願を提出するしかない状況に追い込む作戦だ。孤立させ、イジメの対象とし、出社しても仕事をさせず(ただし全く仕事をさせないと違法となるので適法といえる範囲で)、業務上横領などの濡れ衣を着せて「退職願を出してくれたら懲戒解雇だけはしなくて済む」と泣き落し、血縁者や交友範囲も使って勤務継続断念に追い込み……。あの手この手で「心を折る」のだ。

 その視点から見ると、女性エンジニアに勤務先の上司らからぶつけられたという「女性にはこれ以上の給料は出せない(=昇給がない)」「女がエンジニアなんかするからだ。さっさと家に入ってしまえ」といった言葉の背景には、もちろん、社風やその上司たちのホンネという背景が考えられる。しかし同時に、自己都合退職させる作戦のために選び抜かれた武器、言い換えれば「最も効率的に心を折ることができそう」という見込みのもとに発せられた言葉でもあるだろう。

35歳で男女の賃金格差はあからさまになる

 女性エンジニアの経歴や、それまでの処遇は、ほとんど分からない。Togetterにまとめられたツイートに含まれている情報は非常に少ない。しかし、おそらくは大学を卒業して就職し、エンジニアとして成長しつづけてきたのだろう。年齢は何歳なのだろうか?

 Togetterまとめには、女性エンジニアの年齢のヒントとなる文言のいくつかを見出すことができる。まず「結婚も諦めた」とある。結婚しない選択が「諦めた」という過去形となりうる年齢は、早くとも30歳程度以上だろう。また「妹の給料<<後輩の男性の給料とも聞いて、さら腹立たしい。ボーナスも」(原文ママ)とある。日本的大企業の場合、毎年の昇給にあたっての微妙な差・ボーナス査定での上司の胸先三寸・結婚している男性を主対象とした家族手当といったものが積み重なり、同一条件の正社員の年収の男女差は拡大しつづけるのだが、この他ならぬ経済的性差別が明白になりやすい年齢がある。「35歳」だ。

 おそらく女性エンジニアは、35歳前後の年齢であろうと思われる。もしかすると35歳より少し若いのかもしれない。企業には「女性には35歳より前に退職してもらわなければ」というプレッシャーが働く場面がある。35歳まで勤務されると、賃金の男女差があからさまになってしまうからだ。

 多くの日本的大企業の労働組合は、「35歳標準労働者賃金」「30歳標準労働者賃金」を定めている。1990年代までは「35歳男性・高卒・4人世帯(妻・子ども2人)」のみに対して定められていたが、現在は学歴別に定められる場合もある。最終学歴となる学校を卒業してすぐに就職し、そのまま同一企業に勤続し、標準的な昇給・昇進をし、35歳または30歳になった場合の賃金だ。「所定内」と記載されていれば給与本体とボーナスのみであるが、「所定内」と明記されていない場合には、家族手当・残業手当を含め、男性が「大黒柱」であることに関連する上乗せが含まれることになる。すると、男女の年収差が性差別によるものなのか手当によるものなのかを明らかにすることは困難になる。

 なお現在の20代・30代では、高卒で入社した正社員があまりにも少数で、「標準」として参照することが不可能な場合もある。また歴史の浅い企業では、中途採用者が多く、「新卒入社で勤務を継続して35歳(30歳)」という社員が極めて少ない場合もある。

 いずれにしても労働組合があれば、同業労組の「35歳(30歳)標準労働者賃金」を参照して、その企業の「35歳(30歳)標準労働者賃金」を定めることになる。この賃金は、少なくとも男性社員が35歳(30歳)になる時には守られることが多い。標準労働者賃金が存在する場合、たいていは労働組合が機関紙等で公表する。自分の給料が標準労働者賃金と比べて高いか低いかは、誰もにとって一目瞭然。であるから、「納得されないほどの不公平感は発生しないように」という配慮がなされる。なお35歳ならば、昇進が早ければ課長以上の管理職となっている場合もあるが、この場合は組合員ではなくなり、従って「標準労働者賃金」の制約も受けなくなる。

 ここで暗黙の了解として考慮されているのは、「35歳の男性なら結婚していて子どももいるだろう」という予想、あるいは「35歳の男性は、結婚できて妻子を養える給料を稼いでいなくては」という期待だ。女性が、結婚して夫と子どもを支える大黒柱になることは期待されない。

 実際に結婚して配偶者を扶養するようになれば(配偶者が扶養控除の範囲内で就労していたとしても)、大企業であれば、家族手当などの名目で、給料の上乗せが行われる。ボーナスの査定に当たって、妻子を養っている40代の管理職は、妻子のいる35歳の男性部下・独身の35歳の女性部下の成果が同程度であれば、自分と同じ家庭のプレッシャーを背負っている男性部下に、より好ましい査定を行う可能性がある。単身の女性部下に対しては「結婚していないから家庭の苦労がない分だけ成果が上げやすい」という視点から厳しい査定を行う可能性もある。

 言い換えれば、よほどの好待遇を受けていない限り、女性は35歳時点で(もし勤続できていれば)、自らが受けている性差別を源泉徴収票と「35歳標準労働者賃金」によって思い知ることになってしまうのだ。「所定内」と明記されていない場合でも、家族手当の有無では説明できない、年収で100万円以上の大差であることが多いであろう。

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