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秋元康は自らが「支配する大人」側であることに無自覚すぎるのではないか。

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女子が援助交際を望んでいる、というスタンス

秋元自身、16歳になる一人娘の父親だが…

秋元自身、16歳になる一人娘の父親だが…

 そもそも秋元康が描く歌詞の基本的なスタイルは“援交オヤジ”だ。前述のようにアイドルが自ら性的な視線に晒されるよう向かっていくスタイル、「わたしがエッチなことをしたいの」と歌わせるのがベーシックだが、そのうえで「子供扱いされたくないよね、わかるよ」とオヤジとして寄り添う姿勢を見せるというマッチポンプを得意としている。1999年にリリースされた椎名法子の2ndシングル『椅子』では<求められる愛がなかったら 居場所がわからない><何のために 生きているのだろう 私はどこにいる>と物憂げに歌わせ、「うんうん、生きづらいよね」とわかったように寄り添う援交オヤジの真骨頂をみせつける。

 AKB48をはじめとした一連のアイドルグループのヒットにより、秋元康を稀代のヒットメーカーと思っている人が多いかもしれない昨今だが、実はこれまで多くのアイドルを失敗させてきた。AKB48はいわば再起をかけて立ち上げたラストチャンスだったのだが、援交オヤジスタイルを貫いていた初期AKB48はくすぶっていた。2008年の『大声ダイヤモンド』、続く2009年の『10年桜』『涙サプライズ!』『言い訳Maybe』と脱・援交ソングの連投により彼女たちはブレイク、秋元自身も業界トップの地位を磐石にしたのである。

 初期AKB48にはタイトル通り「早く誰か奪って」と歌う『Virgin love』、「どうせすぐに経験するわ」と教師を誘惑する『Dear my teacher』など、秋元らしい作品が目白押しだが、中でもイジメ問題をテーマにしたメジャー3rdシングル『軽蔑していた愛情』のカップリング曲『涙売りの少女』では「誰か私を買ってください」とついに援助交際そのものを歌にしてしまった。さすがに、やりすぎたかなと不安に思ったのか、歌詞の最後に「NEVER GIVE UP でイカネバ(行かねば)ップ」っとダジャレを連発してお茶を濁そうとしているのも、秋元康らしいといえばらしい。

推定少女、初期AKBのリベンジとしての欅坂46

 AKB48がヒットするきっかけとなったのは『大声ダイヤモンド』だが、この時期にAKB48の歌詞は一人称が「私」から「僕」へと変化。それまでみられた秋元康特有の淫靡な世界観は影を潜めていった。秋元康はこのとき、諦めの気持ちがあったのかもしれない。あるいは、大衆に寄り添えば売ることなんて簡単なんだと鼻を高くしていたかもしれない。それでも、劇場曲や地方グループの楽曲などでは、青春ソングやメッセージソングに紛れさせながら、そのスケベ親父的な世界観を小出しに続けてきているのだから、やはり秋元康が本当にやりたいことは、こちらなのではないだろうか。そして今、この「本当にやりたいこと」を全面に打ち出した欅坂46のブレイクは、まさに悲願の達成だ。

 『月曜日の朝、スカート切られた』は『スカート、ひらり』のアンサーソングでもあると考えられる。『スカート、ひらり』で、何もかもを捨て愛に向かって走り出す少女が履いていた制服のスカートは、『月曜日の朝〜』では電車の中で切られるものとなり、少女は悲鳴なんか上げない存在になっている。AKB48の象徴とも言える曲を、欅坂46のために過去のものとしたわけだ。これだけでも欅坂46に相当熱をあげていることがわかるが、実際、秋元周辺のスタッフによれば「48グループそっちのけで今は欅に夢中」なのだという。自分が最も愛し、貫いてきた世界観を世間に初めて認められ、秋元康は楽しくて仕方がないのだろう。

 ちなみに、『真っ白なものは汚したくなる』を聴いたという土田晃之が、730日に放送された自身のラジオ『日曜のへそ パート1』(ニッポン放送)で、指原莉乃が秋元康に不満を漏らしていることを暴露している。

「やっぱあの~指原がね、文句言うのも分かりますよ。『もう秋元さんホントもう欅坂好きだから!本気なんですよ、もう!欅ちゃんに対して!』みたいな。『死ぬ気で気合いが入ってるんですよ!』ってすっごい指原が言うんだけど、確かに気合い入ってると思いましたね」

少年の心を持った59歳

 秋元康は読売新聞に連載しているコラムで、<「なぜ、欅坂46が爆発的に売れたのか?」正直に言えば、それは僕にもわからない>と綴っている。さらに、欅坂46の代表曲でもある「サイレントマジョリティー」については、<オーディションの最終選考に残ったメンバーが、みんな大人しくて、どちらかと言うと、暗い印象があったのと大人や社会と接することを拒否しているような引きこもり感があったから、「君は君らしく生きて行く自由があるんだ 大人たちに支配されるな」という歌詞が浮かんだのだ>という。

 その目論見は当たり、欅坂46は大ブレイク。アルバムも初週売上25万枚を突破し、この夏は全国アリーナでツアーを行っている。だが、その快進撃にも綻びが生まれている。体調を崩していた絶対的センターの平手友梨奈が、82日の神戸公演途中で倒れ、ライブを離脱。翌3日の公演も途中退場している。そして、東京・台場で5日に行われたアイドルフェス「TOKYO IDOL FESTIVAL2017」の欅坂46のステージに登場した際、顔面蒼白で終始うつむき、弱々しくパフォーマンスする彼女の姿に、多くのファンから心配の声が寄せられた。「似たような制服を着て、同じような表情」をさせられ、「僕はいやだ」と叫ばされ続けたことで、秋元康が言うところの「大人や社会と接すること」への拒否感を強めてしまってはいないだろうか。

 不思議なのは、秋元康はもしかしたら、自分自身が「支配する大人側」に立っていることに無自覚なのかもしれない、ということだ。秋元康はまだ本気で自分のことを少年だと思っている可能性すらある。少なく見積もっても、少年の心を持ち続けていると。大人であり、金も地位も名誉も持つ権力者であり、特に配下のスタッフおよびアイドルたちにとっては絶対的な存在。2020年東京オリンピック・パラリンピックでは組織委員会理事に名を連ね、総理大臣・安倍晋三と「組閣ごっこ写真」を撮るほど親密。にもかかわらず、秋元康は常に、「大人なんかに支配されない」と反抗し背伸びしようとする少女の“理解者”であろうと試みている。しかし秋元康は、彼女たちの理解者にはなり得ない。支配者であり、大人だからだ。来年5月には還暦を迎える。そろそろ自分が責任のある大人(しかも相当大きな責任!)であることを自覚すべきではないだろうか。

(文=松田英俊)

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