独身時代同様に夏を楽しむ“母親”は失格? 世間の監視に屈しない

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独身時代同様に楽しむ母親には“違和感”?

私はと言えば、体型がまだ戻っていないから妊娠前に着ていた水着こそ着れないものの、そのほかは以前と同様に楽しんだ。

この日、夫以外にも母と叔父の大人計4人で行ったのもあり、何となく交代で子供をプールに入れたり一緒に遊んだりレジャーシートでビールを飲んで寛いだり……を繰り返していた。

ある時、私一人がレジャーシートで休んでいると、近くに陣取っていた家族の、50代ぐらいの女性が、たった一言だがふと声をかけてきた。

『お母さん、ビールはほどほどにね』

この言葉だけを聞けば別に大した忠告じゃない。“お酒はほどほどに”なんてどこにでもある標語のようなもんだ。ただし、私は缶ビール1本しか飲んでないし、それに「この時」に飲んでいたわけじゃない(すでに空き缶すらない)。先ほど数時間前に私達家族が4人で乾杯していたのをたまたま見ていたゆえの忠告なのだと思う。

なぜ、“お母さん”の私に言う……!?

わざわざこうして見ず知らずの他人に声をかけてくるぐらいなのだから、私が飲酒していることについて、どうしても「忠告」として物申したかった内容なのだろう。

これに対し、否定も肯定もないような顔でいる私を、少し呆れた顔(に見えた)で去って行った女性。こうなるともう、胸の中のモヤモヤは止まらない。

“こうであるべき”に捉われる

過去にも記してきたが、これはやはり「母親とはこうあるべき」というお馴染みの暗黙ルールによるものなのだろうか。

私に声をかけてきた女性は、女は結婚したら家庭に入り家事・育児に専念するという考えが中心だった時代にきっと結婚や子育てをした世代なのだろうから、プールでビールを飲んで楽しんでいるなんて姿は、彼女の中の「母親像」に全くそぐわないものだったのかもしれない。

でも、「じゃあ、どうしてそれがダメなのか?」を問いかけたとしたら女性は何と答えるのだろう?

「プールで子供を連れていながら飲酒するなんて、保護者の判断能力が鈍り水難事故の危険性がある」とか? それなら正論なのだけれど、子を連れた保護者の行動としてというより、「お母さんとして」いかがなものか、なんじゃないだろうか。

また、子供を保育園などに預けている日に、大人だけでプールに来てビールを飲んでいたとしたら、それもまた(SNSなんかにUPすれば)咎められる行動なのだろう。

親になったら、やってはいけない行動だと認識されているのかもしれない。

この連載をはじめてから育児関係の質問サイトをネットサーフィンするのが趣味のひとつと化している私が最近見つけた投稿に、このようなものがあった。

『2歳の女の子を持つママです。この夏家族3人で近所のお祭りに出かけようと思っています。私はビールが大好きで(この2年間外出先ではずっと我慢してきました)、夏祭りに1杯ぐらいは飲みたいな~と思っています。
そこで質問です。子供を連れた母親が夏祭りでビールを飲んでいたら周囲からは冷ややかな目で見られるでしょうか? たった1杯のつもりです。それでも母親のくせに、と思われるでしょうか……?』

私はかなり酒が強い体質だが、この母親も酒が強く、缶ビール45本飲んだってほぼ酔わないらしい。

つまり、「1杯のビールでも酔ってしまっては危ないから辞めたほうが良いか?」という心配ではなく、あくまで「周囲にどう見られるか?」を懸念しているのである。

正直なところ、母親になると今まで懸念しなかったこんな下らないことまで考えなければならないのかと馬鹿馬鹿しく感じた。

この質問に対して「普段お酒が強くても、楽しい場では酔いが回ることがある。子供が迷子になってしまうかもしれないし、辞めた方が無難」という、理屈としては理解できる返しをしている人もいた(1人)。

その他の回答者は「やっぱ母親が外でビールなんか飲んでたらみっともないと思いますね」「家で飲めばいいでしょ? それぐらい我慢できないの?」「どうしても飲みたいなら、どこか目立たない場所に座って飲むべき」と、“母親のくせに”な批判、内容不在の考えが念頭にある返しをしていたのだ。

何より「別に自己管理できるならいいんじゃない。何を下らない心配してるの?」という考えの回答者が皆無だったのに驚きだ。

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